2017年8月10日木曜日

なぜミニオンは世界でウケる?

夏休みが続いていますが、オランダはイマイチ天気が悪い日が多いです。猛暑の日本から戻ってきた私にとっては
「東京の10月下旬くらいじゃないかな。」
と思えるような天候。もう夏は終わってしまったかのよう。

先日、やっぱり雨が降りそうな空だったので、子どもたちのリクエストで映画を観てきました。

AmsterdamにあるTuschinskiという劇場を改装した映画館に行きました。


『怪盗グルーのミニオン大脱走』(Dispicable Me 3)




子どもたちは前の作品も観ていたのですが、私は家のテレビで流れていたのをところどころ観ていただけで、しっかり全編を見たのはこの3作目が初めてでした。

映画館の中。内装も他の映画館と違います。


実際に観て、世界的に人気があるのはすごく納得、いい作品でした。

後で本作品についての批評をいくつか読んだのですが、予想通り評価は辛口でした。ミニオンの使い方とか映画のストーリーやメッセージとか、批評家ウケしないようでした。そこであえて私は、ここがよかった!と思ったところをいくつか。
(ストーリーについてはあまり言うことがないので、この記事には、ネタバレ、みたいな部分はありません)

誰にでもわかる家族愛、でも、正しさについて説教しない、泣かせようとしない


ストーリーは単純、メッセージは「家族っていいものだよね」みたいな感じにまとまっています。私としては、「娯楽性に特化」がかえって心地よく感じました。ストーリーで泣かせようとか、正しい価値観を訴えようとか、力が入ったアニメ映画に食傷気味の人、というのは私だけでなくて、意外と多いのかもしれないですね。

映像と音楽の「楽しさ」を追求する


娯楽性に特化する姿勢はかなり高いレベルで実現しているところが、大人が観ても楽しめる作品にしていると思います。何よりもミニオンはいくら見ていても飽きないですね(ミニオンが観たい人にとっては、今回の作品は期待外れのようですが)。アニメにしかできない表現を追求しています。

音楽は映像にピッタリ合っているけれど、単なる映画の付属品ではなく音楽単体でまた聞きたくなります。家に帰ったらユーチューブでファレル・ウィリアムスをチェックしていました。

とにもかくにも、映像の仕掛けがすごいです。特に2つのポイントが私にとって印象的でした。

レトロで訴える


本作ではブラットという悪役が80年代カルチャー全開で登場します。80年代を知る大人世代は彼が画面に現れるたびに笑ってしまい、心つかまれるキャラクターです。子どもは80年代なんてわからないのですが、その強烈な個性に、息子は「ブラットが一番面白かった!」と言っていました。

完全たる「アメリカン」にはならない


ヨーロッパに住んでいる私にとっては、この映画からディズニー等のアニメにはない「ここはアメリカではないどこか」という印象を受けました。ディズニー映画だと、「アメリカってこんな感じだよね」とか「アメリカ人の考えるヨーロッパってこんな感じだね」とか、アメリカ映画であることを強く感じますが、この映画の登場人物の造形や、街並みの一部には、そんな「アメリカン」な印象がありません。

一番わかりやすいのは、フレドニアンのチーズ祭りのシーンかと思います。あんな感じの伝統的なお祭りは、ヨーロッパの各地で見かけるので親しみを感じました。「アメリカ中心に世界は回らない」感じが今の世界の空気に合っている、というのは深読みし過ぎでしょうか。

まだ深読みすると、現実世界が映画よりも嘘っぽかったり、巷にあふれるストーリーには多くの意味付けがされていたり、何かと疲れることが多いので、こんな作品に心から楽しんでいる時間が何よりも癒されるかもしれないのかな、と。


野口由美子

2017年7月19日水曜日

子どもたちは、日本に帰りたい? 帰りたくない?

夏休みが始まりました。子どもの友達は、今住んでいるオランダ以外の国から来ている家族が多く、夏休みずっと故郷の国で過ごす、なんて話をよく聞きます。

ポルトガル人の子にしてみたら、ポルトガルは太陽がいっぱいでビーチで毎日過ごす楽しい所。フランス人の子にとっては、フランスは家族みんなでバカンスを過ごす場所。故郷の国を離れて暮らす子どもたちにとって、故郷の国は休暇を楽しく過ごす場所なのだろうと思います。

お休みの時しか故郷に帰ることがないので、学校もなくて遊んで過ごせる故郷の国は子どもにとって大好きな場所であるのは当然かな、と思っていました。

故郷に帰りたくない子たち

でも、故郷の国があまり好きではない子もいるのです。

息子が仲良くしているルーマニア人の子は、故郷の国が好きではないと言っていたそうです。

「街もきれいじゃないし、道路もすごく悪いし、好きじゃない。」

その子のお母さんの話を聞くと、納得せざるを得ない気がします。

「ルーマニアの学校にいた時、両親と一緒に暮らしている子は25人のクラスで3,4人しかいなかった。みんな出稼ぎの仕事をしていて、大抵の場合は家族そろって暮らせない。高賃金の仕事はルーマニアの外にあるから、そういう仕事に就ける人は国外に家族で行ってしまう。うちの子たちも、オランダにへ家族で引っ越すとクラスメートに言ったら、すごくうらやましがられていた。ルーマニアはやっぱり貧しい。でも、何よりもひどいのは、政治が悪くて豊かになる望みもあまり持てないこと。残念だけれど。」

別の友達のインド人の子は、そもそも生まれた時から海外を転々としていてインドに一度も行ったことさえなく、あまりインドに対する愛着はないようです。

その子のお母さんが言っていたことも印象的でした。

「インドには私の両親もいるし、友達もいる。私はいつかインドに帰りたいって思うけれども、夫が嫌みたい。インドではもう暮らしたくないって。確かに、ヨーロッパなら、街もきれいで安心して住めるし、いい教育も受けられているし。もし、インドに住むことになったら、子どももすごく戸惑うかもしれない。たぶん、ずっと海外に住むことになりそう。」

ちょっとさびしい気がします。

わが子にとって日本は


日本人であるわが子たちは、

「日本行くの!? やったー!!」

「じいじとばあばに会える! あと、お寿司でしょ、ラーメンでしょ、ポケモンも!」

そんな単純なものですが、日本が好きというのは、親とってうれしいものです。

この夏は家族で日本に行って、どんな日本が見えてくるか、楽しみにしています。


野口由美子







2017年7月7日金曜日

夏休み前はどんな気分?

早いもので、もう7月。夏休みが近づいてきました。日本の学校だったら、1学期の終わり、4月に新年度が始まり、新しい環境に慣れてよかったよかった、なんて感じる頃かもしれません。


今が学年末の学校では


こちらは、夏休みが学年の区切り。今の時期が学年末です。我が家の子どもたちは来週には学校が終わり、長い夏休みに入ります。いつも学年最後は、

コンサート
スポーツ・ディ
マラソン大会

と、イベント続きで、本業の勉強はもうおしまい、という感じです。

今週行われたチャリティー・マラソン大会では、近くの公園まで歩いて行って、1キロ程度公園を走って、そのままピクニック、午後学校に戻ってからはクラスでポップコーンを食べながら映画を観ていたそうです。学校行事といっても事前の準備や練習を入念にやるわけでもなく、普段の授業に比べてだいぶ気楽みたいです。


ステップ・アップ・ディ


今週は他にも大切なイベントがありました。

ステップ・アップ・ディ

という日で、9月から始まる新しい学年の新しいクラスの顔合わせをします。日本では、新年度のクラス分けを事前に知らせてくれる学校は少ないのかもしれませんが、子どもたちの学校では毎年クラス替えを行い、前年度末に新クラスが発表されます。

クラス替えについても、事前に先生が

「誰と同じクラスになりたいか。」

直接子どもに聞きます(もちろん、希望がいつも叶うわけではないので、友達と一緒かどうか、担任の先生は誰か、親も子もやきもきします)。

今回、息子は来年度も担任が変わらず同じ先生、がっかりしていました。仲の良い友達と何人も同じクラスになれたのに、

「クラス全員女の子で僕ひとりだけになってもいいから、先生が変わってくれた方がよかった。」

なんて言っていました。普段女の子と接するのが得意でない息子にとって、かなり落胆、ということを言いたかったようです。

「また先生のクラスで残念だったね!!」

ステップ・アップ・ディでは、先生自ら、息子にそんな声掛けしたのではないかな、と。いつもそんな感じです。(厳しいと評判の先生で、以前のブログ記事でも紹介しましたが、いろいろ逸話が絶えない先生です)。


よい夏休みを!


毎年、新クラスの発表の時期になると、事前にきちんと情報を出して説明する、ということは子どもにとっても大事だな、と感じます。それまで後ろ向きだった息子も、ステップアップ・ディで実際に新クラスに集まってみると、そんなに悪くないかも、と思えたようです。不満を言わなくなりました。先生が厳しいといっても、息子はそんなに嫌ではないのかもしれません。

こうして、子どもも親も安心して夏休みに入ります。夏休みは学校のことも一旦忘れて、リラックスです。


野口由美子

2017年6月29日木曜日

子どものおねしょ、簡単には治らないけれど

近所のスーパーで買い物をしていた時、たまたま赤ちゃんのオムツ売り場の前を通りかかりました。その棚の端っこに、赤ちゃんではなく、ティーンエイジくらいの男の子が眠っている写真がついたパッケージにたまたま目が留まりました。その横には同じくらいの年代の女の子が写った写真のパッケージもあります。

パジャマパンツ 8歳から15歳用

その商品は、おねしょ対策の夜用パンツでした。おねしょって大きくなっても結構する子はいるんだな、と改めて気づかされました。

おねしょはあまり触れる機会がない話題だと思います。子ども自身が大きくなってくると、本人が気にするだろうから、おねしょのことを本人に向かっても言わなくなるだろうし、家の外では、秘密厳守、になっていることが多いのではないかと思います。

でも、外泊となると、秘密を守ることは難しいもの。どうするか。

我が家であった、おねしょをめぐる出来事を記事に書かせていただきました。ご覧いただけるとうれしいです。

ママのための子育て情報WEBマガジン「ママスタセレクト」
おねしょが心配な子が我が家にお泊まり。その子がとった行動は?

おねしょが心配だったその女の子は、まだ6歳、幼い部分もありますが、もう6歳、彼女なりにプライドもあります。その子のとった行動は、私には意外なもので驚きましたが、その子の母親の采配があっての行動だとわかり納得できました。

おねしょは、その子にとって、どう考えても良くないことで、できるだけ触れないであげるのが一番と私は思っていましたが、避けられないならいっそのこと、とプラス思考に持っていったそのお母さんの力量に、頭が下がる思いです。


野口由美子

2017年6月22日木曜日

子ども同士のトラブル、親にできることは

笑う門には福来る、と思い、実践を心がけている私ですが、内心困った、と思っていることがありました。


娘が他の子とトラブル?


娘が、スイミングレッスンに行く度に

「いじめられるから、行きたくない。」

と泣くようになったのです。すでに3週連続。スイミングレッスン中、親は2階の観覧席から様子を見ています。プールがいくつもある広い場所なので、観覧席からすべてを見えず、私は今までその現場を見たことがありません。

どの程度なのだろう。

本人の話では、同じグループの男の子が、娘の水着を引っ張ったり、からかって笑ったりしているそうです。いじめ、と言うほど深刻なものではないかもしれないけれど、本人がそう言っている以上、どうにかしなくては。かなり困りました。


むやみに親が介入したくないけど


「どうしたらいいと思う?」

娘がどうしたら安心できるのか知りたくて、本人と話してみることにしました。私は、子ども同士で解決できるんじゃない?という姿勢でいることにしました。

「いつも先生のそばにいるようにしたら、その子もやらないんじゃない?」

「何か嫌なことをされたら、「やめて」って大きな声で言ってみたら。」

「水着を引っ張るなら、もっと引っ張らせてあげれば。嫌がると、その子も面白がって余計にやるんじゃないかな。」

「そんなのできない。泣いちゃう。」

娘の目からまた涙が出てきました。私自身も子ども時代は人並み(?)にいじめられた経験があるので、娘の気持ちもわかります。私は避けたかったのですが、親が行動を起こすしかないかも、と感じつつ、もっと話してみることにしました。

「じゃあ、ママが先生に相談するのは?」

レッスンでは、子どもたちが足のつかない深いプールで泳ぐことも多く、先生は泳いでいる子を見ているだけで手一杯に見えます。たぶん先生は、娘がいじめられている現場を見ていないだろうと思ました。

娘も乗り気ではありませんでした。その子に直接私から話すというのも、できません。私があまりオランダ語を話せないので、その子と会話できないのです。(大人同士のコミュニケーションは、オランダ語ができなくても不自由ないので、オランダ語の勉強をさぼっていました。今更ながら後悔でした。)

「その子のお母さんかお父さんに、ママが言ってあげようか。」

「ママ、お話して!」

言ってみたものの、親同士でうまく話ができそうな気がしません。相手だって困惑するだろうし、双方が自分の子どもを守ろうとして、話がこじれる可能性も高いです。私が一番やりたくないことでした。でも、どこにいても「ママはいつも味方」であり続けたかったので、仕方ない、か。娘と一緒にレッスン前の更衣室を回り、その子と親を探しに行くことにしました。


とっさの思い付きで


「あの子!」

娘が指さしたのはトルコ系の元気そうな男の子。横に父親らしき人が電話で話し込んでいます。やっぱり、親同士でうまく話せそうな気はしません。電話中でよかった、と私は内心ほっとしました。

「あの子なのね。お父さんは電話しているから今は話せないね。」

娘にそう言った時、私はとっさの思い付きで、その子をものすごい形相でにらんでみました。

その子は、娘と一緒にいる私が母親であることに気づいた様子、私がなぜにらんでいるのか、わかったようでした。さっとシャワー室に逃げるように走っていきました。

「あの子なんで走って行ったか、わかる? ママがあの子をにらんだの。ママに怒られると思って逃げたんだよ。あの子はわかっているみたいだから、もう大丈夫。ママがずっと見張って、にらんでいるから、あの子はもう何もしないと思う。」

「本当?」

ちょうどスイミングレッスンが始まる時間になりました。


意外な結末でした


私は2階席から大声で娘の名前を呼んで手を振りました。あの子も気づいてこっちを不安そうに見ています。すかさず、にらみつける私。アジア人のおばさんが怒って何をしだすかわからないと思っているのでしょう、やはりその子は私のことが怖いようです。その子の父親は外で電話をしているようで、観覧席にはいませんでした。45分のレッスンが長く感じられました。

レッスンが終わり、娘が更衣室に戻ってきました。泣いていません。

「今日はどうだった? あの子何かした?」

「いじわるなかった! 「ハロー、○○(娘の名前)」って言ってただけ。」

私は驚いたのと同時に、気が抜けました。

「あの子、なんであなたの名前知ってると思う!? あなたはあの子の名前知らないでしょ。名前を覚えるのって簡単じゃないの。名前を覚えて呼んでくれるっていうのは、好きってこと。友達になりたいってことだよ!」

その子はいじめているのではなく、何かコミュニケーションのきっかけがほしかっただけだったようです。それなのに私ににらまれて、ちょっとかわいそうだったかも。

子ども自身で解決できない時は親が出るしかない、とか、言葉でのコミュニケーションが正確、とか、そんなことを考えていましたが、今回の経験は私の考えを少し変えました。翌週以降、その子と娘は楽しそうにレッスンをやっています。


野口由美子

2017年6月16日金曜日

家族がいない時間

今週、我が家はとても静かです。

息子が3泊4日のキャンプに行っています。バスでキャンプ場に行って、バンガローに泊まり、昼間はプールや遊園地、夜はディスコ、ボーリングと楽しそうです。年度最後の一番大きな学校行事なのですが、1年間勉強をがんばったご褒美、友達同士の親交を深める、というところが重要なようで、お勉強的要素がほとんどないところが潔い、くらいに感じます。日本の修学旅行とはちょっと雰囲気が違いますね。

キャンプ出発の朝、娘と私で見送り


子どもがいない間、親は

学校のウェブサイトにキャンプの写真が順次更新されます。私は、その中から自分の子どもが楽しそうに笑っているのを見つけては安心しています。

「娘が毎晩泣いているんじゃないか、なんて心配してる。自分と同じようにベッドで泣いてないかな、なんて」

冗談もキャンプの話。親同士でも、キャンプに行っている子どもの話題になります。子離れが難しいのは私だけでなく、どの親も思うことは同じみたいです。


いつもにぎやかな家は

我が家の2人の子どものうち、1人いないだけで、かかる労力が半分どころか、10%くらいにまで減ってしまったかのようで、すべてが静かにスムーズに進んでいきます。私は、手持無沙汰になるくらい、ヒマでした。

「学校に行く時間だよ。」
「うん。」

いつもは、朝からケンカで子どもの返事は聞こえてきませんが、娘がすぐにカバンを持って玄関に行きます。

「今日は学校どうだった?」
「楽しかった。」

いつもは、我先にときょうだい同時に話し始めて、何を言っているのかわからなくなりますが、娘と私だけの会話も静かです。

いつもだったら、道に落ちていた石でもケンカができるきょうだい、何でもケンカのきっかけになるし、たとえ何もなくても、兄の邪魔をして、かまってもらおうとする娘にとって、兄がいないのは、とてもさびしいようです。

毎日ケンカ、がなくなってみると

「あと何回寝たら帰ってくる?」
娘は私に何度も聞いてきます。
「早く帰ってきてほしいの?毎日ケンカばかりしているのに?」

ケンカは彼らなりの愛情表現なのですね。

そんなに大好きならもっと兄にやさしくしたらいいのに。でも、結局息子が帰ってきたら、いつも以上にもっとケンカをしそうな気もします。

そんな我が家の様子を友人に話していたら、こんなことを言われました。

「家族が1人いないだけで、家の様子が全く変わってしまうわよね。離れてみるとわかる。これもいい経験よね。」

離れてみてわかる、本当にその通りです。今日、息子が帰ってきて、夜には元の騒がしさに戻っているはずですが、同じ風景の中にも違いを感じるんだろうなと思います。


野口由美子

2017年6月9日金曜日

子どもの貧困対策法成立4周年のつどい開催「今もスタートラインに立てない子がいる」

2009年、子どもの貧困率が初めて日本で公表され、「子どもの貧困対策法をつくろう」と当事者の学生たちが声をあげました。子どもの貧困対策法が成立したのは、2013年6月19日。そして2年後2015年の同日、子どもの貧困対策センター「あすのば」が誕生しました。

2017年6月17日、国立オリンピック記念青少年総合センター(東京都渋谷区)にて、法成立4周年・あすのば成立2周年のつどいが開催されます。つどいでは、法成立からの4年間を振り返り、これからの支援はどうあるべきか、考えます。

つどいの企画・運営は、あすのばサポーターである学生たちが主体となって活動しています。そのメンバーである木戸寛捺さん(20・早稲田大学3年生)に、イベント準備の合間を縫って今の思いを聞きました。

木戸寛捺さん(20)



共有されていない、なぜ「子どもの貧困」に取り組むのか


――法成立4周年・あすのば成立2周年のつどいを、どんなイベントにしたいと思っていますか。

今日本では、多くの人がニュースや新聞で「子どもの貧困」という言葉に触れているのではないでしょうか。私や他のメンバーは、子どもの貧困問題のために活動することを当然のことのように考えています。

でも、社会全体では、子どもの貧困に対する意見はさまざまです。そして、子どもの貧困問題は複雑です。貧困問題には、子どもの親だけでなく、いろいろな大人の貧困があり、その周りには様々な社会問題があります。いわゆる「子どもの貧困」で焦点が当たる相対的貧困世帯の子どもでなくても、困難を抱え、そこから抜け出せない子どももいます。

なぜ「子どもの貧困」について取り組むのか。

今回のつどいではこの問いに改めて向き合い、共有したいと考えています。


イベント準備を進める木戸さん


「いくらお金がかかるか」ということばかり考えていた受験生時代


――木戸さん自身はこれまで生活に困難を感じた経験はありますか。

私の父は、障害があり働くことができません。私は高校1年からあしなが育英会の奨学金を利用しています。物心がつく頃には父に障害があることも理解し、当たり前のことと受け入れていましたが、大きくなるにつれて、友達と家庭環境が違うのだな、と感じるようになりました。

大学受験の時、自分は違う、と強く思いました。とにかく、大学受験にはお金がかかるのです。何をするにしても、お金が一番かからない方法を考えなくてはなりませんでした。大学受験が私にとっては一番つらかったです。

――受験勉強はどうやって乗り切りましたか。

大学受験は教科書だけでは完結しません。参考書も必要でした。でも何冊も買うことはできません。できるだけ学校の資料室から借りたり、古いものを譲ってもらったりしながら、本当に必要な参考書だけを買いました。

塾はぜいたく、と思う人もいるかもしれません。でも、現実には学校の授業だけでは足りません。周りの友達で塾に全く行かずに受験勉強をこなした子はほとんどいませんでしたし、自分も塾に行きたいと思いました。いくらかかるのか、費用で決めるしかありません。大手の予備校よりもお金のかからない、地元の小さな塾に通いました。

入学試験の受験料も高く、何校も受験することはできません。志望校は本当に行きたい学校だけに絞りました。入学試験のために実家の山口から上京するには、夜行バスが一番安く、他の選択肢は選びようがありませんでした。試験の度に山口から夜行バスで東京の試験会場へ行きました。


一番大切なのは「人」、すべての人の可能性を広げるのが「教育」だと思う


――木戸さんは大変でも大学に行きたいという強い意志がありましたが、支援制度の多くはそういう強い意志があって努力する人が対象です。それについてはどう思いますか。

私は、必死に勉強するしかないと思ってがんばりました。私ががんばれたのは、母がずっと私を支えてくれたからです。私は恵まれていて、心の貧困でなかったのだと思います。母は「経済的に苦しいから無理」と決して私に言いませんでした。私の力を信じて、将来の可能性をたくさん広げてくれました。大学受験でお金がかかるたびに親に申し訳ないと思いましたが、母はいつも後押ししてくれました。

――自分は幸運だったと思いますか。

そうですね、自分を支えてくれる人がいたという意味で幸運だったと思っています。さまざまな状況の貧困がありますが、親が働きづめで子どもと過ごす時間も余裕もないという家庭もあります。家族や身近な人に支えてもらうことが難しい子は、希望や意欲を持つことが簡単にできるとは限らないのです。スタートラインにさえ立てていない状態だと思います。

がんばろうと努力する人だけを支援すればよい、と貧困にある人を選別するのは違うのではないかと思います。やる気を出して、努力することが難しい状況もあり、そのことだけを持って切り捨てることはできないと思います。子どもの貧困は、相対的貧困率といった数字で表われる経済的な貧困もありますが、そこには含まれない心の貧困もあります。もっと広い範囲で考える問題だと思います。

社会で一番大切なのは「人」であるはずです。すべての人の可能性を広げるのは教育だと思います。貧困であるために教育を受けられない、選択肢が狭まってしまう、そういうことがなくなってほしいという思いで私は活動しています。自分にできることがあまりにも少ないし、自分はまだ何も知らない、と自分の力不足を痛感することばかりですが、教育の可能性を信じて、これからも活動に関わっていきたいと思っています。

昨年開催の全国キャラバンにて(最前列左端が木戸さん)
出典: あすのばFacebookページ

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聞き手・野口由美子