2018年1月11日木曜日

今年こそ、子どもにお手伝いを! あの手この手でやってみました

なつやすみのしゅくだい
「おてつだいをしよう」

小学1年生の夏休みに「お手伝いをしたらお手伝い表に色を塗る」という宿題がありました。子どものお手伝いにと選んだ家事は、洗濯物を畳むこと。我が家ではパパがいつも畳んでいたので、パパっ子の息子が一緒にやるところから始めればいいのではないか、という目論見だったのですが、この時息子は表の半分くらいしか色を塗れなかったと思います。やる気なし。

うちの子がお手伝いできるようになるには何か仕掛けが必要かも。私も真剣に考えるようになりました。

お手伝いしたらお金をあげる、を実践


そこで我が家では、お手伝いをしたらお小遣いをあげる、というやり方を採用しました。この時、お小遣いはお手伝いの動機付けというより、むしろ、お金の大切さを知ってほしいという気持ち強かったです。働かないとお金はもらえない、それも結構がんばらないといけない、という体験をしてお金の大切さを知ることができるのではないかと思ったからです。

(この時のことは以前の記事に書きました。お金って何? 子どものお小遣い、我が家の場合

息子の貯金箱。お金が貯まる、というのはうれしいようです。


でも、お手伝いすることでお小遣いをあげる私自身、

「お手伝いでお金をあげるのっていいやり方なのだろうか? 家族が家族のために何かやってお金をあげたりもらったりっておかしい?」

と頭の中ではずっと引っかかっていて、他の家庭ではどうやっているのか、ことあるたびに周囲の人に聞いていました。

私の周りでは、お手伝いをしたらお小遣いをあげるという家庭もあれば、毎月または毎週、決まった額のお小遣いを渡しているという家庭も両方ありました。どっちも半々くらい、お小遣いの金額にもかなりばらつきがあるような印象でした。

家族で仕事を分け合う「お手伝い」


決め手がないまま半年くらい経ったある時、

「分け合う」

という考え方を教えてもらいました。

「家族の一員であることを大切にしたいから、家族の仕事も分ける、お金も分ける。」

子どもも家族の一員として家事を分担するし、家庭の収入も一部分け与えられる、という考え方のようです。子どもは家事をする役割を与えられお手伝いをするけれども、お小遣いはお手伝いに連動せずあくまで毎月一定額をもらいます。車や庭の掃除といった普段しない特別なお手伝いをしたら、お礼に毎月のお小遣いとは別に少しお金をあげることもします。

折衷案のような感じもあり、これはやってみたいと私は思いました。

お手伝いの新しいルール


早速私は子どもに提案しました。

現行制度
お手伝いポイント1ヶ月分=600円(実際には6ユーロ渡していますが、物価感覚ではこれくらい)
ポイントは10ポイント単位で換金可

提案
以下の2つのお手伝いを毎日行う約束をする
・洗濯物を畳むこと
・夕食の配膳をすること
お小遣いは毎月800円(8ユーロ)の定額

「朝起きて、朝ごはん食べて身支度して学校に行って、家に帰って宿題して、自分のことはだいぶできるようになったよね。そうしたら、次は家のお仕事もできるようになってほしいってママは思っている。だから大きくなってきた今はお手伝いもがんばってみてほしい。」

「今まではパパとママがやっていたのに何でぼくがやらなくちゃいけないの?」

という気持ちでいっぱいな息子の表情。

「家族ってなんでも分け合ってやっていくとうまくいくんだよ。ママは家にいるから家のお仕事たくさんやっているけれど、パパも家の仕事をやるでしょ。ママひとりでやっていたら、なかなか終わらないけれど、パパだけじゃなくて、みんなで一緒にやれば早く終わって、家族みんなで遊んだりいろいろなことができるでしょ。みんなで助け合った方がうまくいくよね。」

「お手伝いをがんばれるって約束できるなら、お小遣いは毎月決まった額でいいよ。パパが会社で働いてもらったお金はパパだけが使うわけではないよね、家族のために使っているよ。ママはお手伝いポイントないけれど、パパのお金を使っている。ちゃんとお手伝いできるくらい大きい子には、ポイントでなくてお金を分けてあげればいいと思っているんだよ。」

お小遣いは増額されるので、悪くない提案に映ったはずですが、今までにはない「家族としての責任」の重さを察知したようで、息子は考え込んでいました。

「これは助け合いだと思っているんだよ。ママも〇〇くんが大変な時は手伝うから、何があっても絶対毎日お手伝いをやらなくちゃダメっていうことではないよ。ママはできると思っている。もう小さい子とは違うからね、それだけ〇〇くんは大きくなったんだよ。」

話しているうちに

「何でもやってもらってばっかりっていうのも良くないか。」

と息子は納得したようでした。

「じゃあ、ぼくやるよ。」

観念したように言いました。

お手伝いの効果は大


新制度導入からまだ数ヶ月ですが、朝の隙間時間にささっと洗濯物をたたんでいる姿を見ていると、少しずつ責任感が出てきた気もします。お手伝いというと、「助ける」「補助」というイメージになりますが、パパやママを助けるというより自分の仕事だと感じているようです。お手伝いをして身につくことは多いものですね。

今私が気をつけているのは、

「ありがとう。」

を欠かさないこと。毎日繰り返している小さな家事でも、やっぱり感謝されるとうれしいのは誰でも同じはず。前向きな気持ちを後押ししたついでに

「ママ、これも手伝おうか。」

という自発的な息子の声がもっと聞けるといいな、という密かな期待もあり、まだまだ新しい試みを続けることになりそうです。


野口由美子

2017年12月29日金曜日

赤ちゃんが寝ない、疲労困憊の産後ママ。その時に効いた「魔法の言葉」

早いものでもう年末。クリスマスも過ぎました。慌ただしい年末だけれど、お正月は家族でのんびり。新年を迎えるのはいつも楽しみです。

でも、そんな世間のイベントにも関係なく、毎日昼夜関係なく子育てにがんばっているパパやママもいるものです。


我が家の夜はまだクリスマスツリーのライトが付いて、明るくしています。



初めての子育て、つらい


私にもそんな経験があります。初めての育児、まだ小さな赤ちゃんが眠らず、昼も夜も2時間おきに泣かれて途方に暮れていた時期がありました。抱っこ、ハイチェアでゆらゆらさせて1時間、やっと眠ったとホッとしてから30分で赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。

誰もいない昼間の家か、パパもいても真っ暗な夜の家で。

私はつい強がって、元気なふうに振舞っていましたが、本当はかなりつらかったです。


行き詰まった時、母のアドバイスは


ある日、私は実の母に電話をかけました。もう限界、誰かに相談したかったのです。

「どうすれば、赤ちゃんは泣き止む? 眠ってくれる?」


母なら何かいいアイディアがあるはず、と私は期待していました。でも母からのアドバイスは

「思いつく限りのことを順番にやってみて。」

まずはオムツを見てみる。オムツが汚れていないか。オムツが大丈夫なら、お腹が空いていないか。抱っこしてほしいのかも。外気に当ててみたり、ちょっと歩き回ってみたり。

「特別な魔法なんてないわよ。」

必ず効く魔法のような方法なんてないという母のセリフ。当たり前すぎるけれど、私にとってはつらすぎる言葉に聞こえました。

子育てに魔法はない、でも


電話越しでも、母にはがっかりしている私の様子がわかったのだと思います。母は続けて話し始めました。

「楽な子育てなんて、ない。」

「よく眠る子で手のかからない赤ちゃん。確かにそういう子もいる。でも、だからってその子が育てやすいかといったら、そんなこと絶対ない。」

「しばらくしてから、夜泣きがひどくて大変だったり、イヤイヤ期が長くて苦労したり。もっと大きくなって、思春期に問題を起こす子だっていたわよ。育てやすい子なんていない、いつかは親が苦労するもの。子どもが小さい時に、親は苦労しておいた方がいいかもよ。子どもが大きくなってからの親の苦労は本当につらいもの。もっと大きくなったら、この子は手のかからない子になるかもよ。」

「ずっと楽な子育てもなければ、ずっとつらいだけの子育てもない。」

つらい生活の終わりが見えず、今の状態から抜け出せないような気持ちでしたが、はっとさせられました。

ずっと今のまま、なんてことはないんだ。きっとこの先はもっと楽になれるんだ。

私は前向きな気持ちになっていました。

この眠らない赤ちゃんも、今は9歳。あんなに大変だった赤ちゃん時代は、もちろん、母が言った通りずっと続いたわけではありません。その後も健康や教育のことで悩んだり、つらい思いをしたり、大変なことはありましたが、親としてなんとかやってこれたのも、これからもやっていけると思えるのも、母の言葉が魔法のように私に効いているからだと思います。


*この記事は、以前自分が書いた記事を元にしています。記事へのメッセージをいただき、私も改めて魔法の言葉を思い出しました。ありがとうございます。

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野口由美子





2017年12月7日木曜日

ゲームを子どもに買う? 買わない? どちらも難しい選択で

「本当はDS欲しいけど、ママがダメって言っているからゲームはもらえないよね。」

我が家の雰囲気はいつの間にかそんな感じ。小学生くらいになると息子もやっぱりゲーム機が欲しいようで、誕生日、クリスマスのたびにゲーム機が候補に挙がってくるようになりました。

親は与えたくないゲーム、でも


実際に息子の友だちで、ニンテンドーDSXboxなどのゲーム機を持っている子は半分いるかいないか、という印象(友だちは、ドイツ、フランス、ポルトガル、オランダなどヨーロッパ各国の子とインド、日本のアジア勢)。持っている子の親に話を聞くと、大抵、

「ゲームをする時間を決めてやっているけれど、守るのが難しいのよね。」

良く思っていないよう。持っていない子の親は、

「ゲーム機なんて必要なし。時間のムダ。」

と完全否定(ゲーム専用機がなくても、タブレットやスマートフォンにゲームを入れているようで、完全にゲームなし、の家庭は、私の周りにいませんでしたが)。ゲーム機を持っていてもいなくても、時間管理が難しいというのが親目線での意見のようです。私もそう思っていました。

とはいえ、私だってファミコン世代。自分も小学生の頃テレビゲームをして楽しかった記憶があり、このままゲーム不要派急先鋒の立場のままでいいのか、内心迷っていました。

そこで、プログラミングなどの「教育効果」が高く、優れた内容のものならいいだろう、といろいろ探して子どもとやってみてきました。どれも質は高いし、教育的といっても、学校の宿題のような「ゲームの体裁だけれどこれって単なる勉強だよね」という感じがないので、面白いです。

家族で楽しくテレビゲーム?


その時のことについては、過去の記事に。


息子も喜んでいましたが、学校でもプログラミングの授業があるし(イギリスの小学校のカリキュラムではプログラミングがすでに必修なのですね)、授業でやっているから、もうたくさん、という気持ちになってしまったのか、しばらくするとあまりやらなくなりました。息子に言われたのは

「ぼくはこういうのじゃなくて、マリオとかやりたいんだよ。」

ちょっと違う意見をもらいました


20代の友人にこの話をした時のことです。私よりも若い世代だから、子どもの親世代とは違う意見が聞けるかも、とちょっと期待もありました。

「ゲームも寛容政策がいいんじゃないかな、と。子どもの時に厳しく禁止してしまうと、大きくなった時の反動が怖いかも。大学生くらいになってから、今まで全然ゲームやらせてもらえなかった人がゲームにはまってしまう方が大変だよ。」

私はそういうことを考えたことなかったのですが、そう言われてみるとよくわかるような気がしました。身の回りでも似たような事例が頭をよぎります。

「ほら、オランダに麻薬とか売春とか寛容政策があるように、厳しく禁止するだけがいいというわけでもないかなって。」

私は政策転換をしました。

ゲーム機を買う前からのルール作り


時間管理が難しいのは大人がよくわかっていても、子どもはよくわかっていない。ならば、そのことを子どもが理解して、自分でできるようになったら、ゲーム機を解禁してもいいのでは。テレビの視聴時間で試してみるのはどうだろう。

夫にも相談した上で、まず、テレビを観る時間のルールを明確化しました。

・平日30分、週末1時間
・パパやママに言われなくても、時間は自分で管理すること
・食事やお風呂の時間など、パパやママがやめるように言ったら、やめること

この約束を半年間守れたら、という条件で次の誕生日にゲーム機をあげるという提案をしました。

「いつもテレビ(特に我が家の場合はYouTube)をダラダラ観たがるでしょ。ゲームはテレビよりも「もっとやりたい」と思ってしまう。そういうふうにできているの。ゲームばかりで他のことができなくなると困るから、パパとママはゲーム機を買うのは良くないんじゃないかと思っている。テレビで時間を守れるようになったら、ゲームも約束守れるだろうって、パパもママもあなたを信じてゲームを渡せるよ。」

息子に趣旨を理解してもらおうと説明しました。息子はわかったようでしたが、思いがけないことを言い出しました。

「それならぼく毎日テレビは20分でいい。」

私は内心、自らハードル上げてどうする??と心配になりましたが、

「あとさ、映画は長いじゃん。それも途中までしか観ちゃダメなの?」

「じゃあ、お休みの日に家族みんなで映画を観るのはカウントしない、でいいよ。」

交渉に応じることにしました。

やっとゲーム機を手に入れ、めでたしめでたし?


息子は本当に、真剣でした。半年間約束を守り続け、次の誕生日プレゼントにゲーム機を手に入れました。時間制限の約束、ちょっと厳しすぎたかもしれませんが、自分で

「今日はゲームをやってから、宿題する。それでも大丈夫、時間あるから。」

時間をどう使うか考えるようになりましたし、友達にも

「ぼくの家ではゲームは30分で終わりなんだ。」

家のルールに従うように頼めるようになりました。どこの家庭でも無制限にゲームで遊ぶことはできないということなのか、友だちの中にもゲームに固執する子はいませんでした。

テレビゲームは悪、というほどのことでもないのかも。子どもなりに計画性ができたり、時間の使い方にメリハリがついたり、むしろ良かったと思いました。

ただ、やはり時間管理は息子にとって簡単なことではなかったです。子どもが自分で時計を読めるだけでなく(夕食の時間になってもゲームを続けられては困りますし)、10分や30分という時間がどれくらいの長さなのか理解していないと時間管理がさらに難しくなるので(時間の長さがわかっていないと、毎回「もっとやりたい!」とせがまれてしまいそうな気がします)、ちゃんとわかるのを待った方がいいかな、というのが実感です。

とはいえ、我が家もこれで一件落着、となったわけでもないのです。テレビゲームにまつわる後日談はまだまだあります。今回は長くなってしまったのでまた別の記事で。


野口由美子