2018年2月16日金曜日

違うことはすばらしい。本当にわかってる?

子どもたちの学校で劇の発表会がありました。行事にどれくらい力を入れるかは学校によって違いがあるように感じますが(昔子どもたちが通っていた学校ではあまり重視されていませんでした)、今の学校は、毎年かなり熱心に練習します。劇の発表を楽しみにしている親も多いです。私もそのひとり。

子どもらしい劇、でも結末は意外


今年、娘の学年は "Wackadoo Zoo" という劇をしました。

開演直前のステージ。


動物園を舞台に、いろいろな動物たちが登場する賑やかなお話ですが、ライオンがニワトリのように鳴いたり、牛が猫のように鳴いたりします。

「変な動物たちだなあ。」

と動物園に来た子どもたちは首をかしげます(これが娘の役でした!)。

そこに、動物のスピーチセラピー(1?)の先生がやって来ます。先生は動物たちに正しい鳴き方を教えて、変な鳴き声を熱心に直そうとします。

観に来ていた夫の最初の感想は、娘の演技についてではなく、

「結末に驚いたんだけど!」

劇のストーリーにびっくりしていました。

「正しい」ことより、「自分らしく」あること


先生が動物たちに正しい鳴き方を教えた後、動物たちはどうなったと思いますか。

動物たちの努力と先生の献身的なサポートのおかげで、動物たちは「正しい」鳴き方ができるようになりました、めでたしめでたし。

子ども向けの劇だし、と思って夫はそういう結末を予想していたそうです。私も劇の内容を知る前は同じことを思っていました。しかし、実際の劇の結末は違いました。

みんな先生の言うことは聞かずに、先生を追い出してしまいました。鳴き声が変でもそれが個性、好きなように鳴けばいいよね。違うことはすばらしい、めでたしめでたし。

「みんなが同じように「正しく」できる、なんて教えるのはちょっと古い考えなのかもね。」

ライオンらしくなくないライオンは変だ、と言っていた劇の中の子どもたちも、最後は個性的な動物が好きになり、動物園が楽しくすてきな場所になります。

意外なところで、自分って古い人間だなあ、と私は気づかされました。新しいものが好きな若者だったはずの私も、古い考えを押し付けないように注意が必要な年齢になったようです。気をつけないと。


野口由美子

2018年2月8日木曜日

子どもの習い事は必要?

子どもの習い事、私の周りでも熱心な家庭が多いです。子どもの友達も4歳あたりから本格的に習い事を始めるようになって、平日3つ4つくらいは習い事をしているような印象。放課後、一緒に遊ぶ約束もなかなか、難しくなってきました。


人気の習い事は?


人気の習い事もいろいろで、スイミングはオランダも盛ん、さらに男の子だったら、サッカー、ホッケー、空手(日本の空手とだいぶ違う雰囲気ですね)。女の子は乗馬、バレエ、ホッケー(ホッケーはマイナーな印象があるかもしれませんが、オランダでは人気があるようです)。

音楽はバイオリンやピアノ、ギターなどの楽器が人気。ドラマ(演劇)や絵画の教室もあります。

男の子も女の子も何かスポーツと楽器を、偏りなく習っている子が多いです。結構忙しいですね。(日本の小学校に比べて体育や音楽の授業が充実していないという背景もあるかもしれません)。

習い事をやらせ過ぎても良くないのでは、子どものうちはもっと遊べばいいのに、と私は思っていたのですが、スポーツをやって、楽器も演奏できる、くらいは必須なのかもしれません。


ムダな習い事?


今、娘が一番好きな習い事は、ストリートダンス、だそうです。友達に誘われたのがきっかけでしたが、1年以上やっています。何か好きなことがあるのはいいことですよね。


年に3回、ダンスを披露してくれます

でも、ダンスが上手になっている、という感じは全くないです。先生が踊って見せるのに合わせて飛んだり跳ねたり、自由に創作して踊ったりしていますが、ダンスの発表を見ている限り、ダンスを習うというよりお遊びかな、と内心思っていました(日本人の先生の方が教え方がしっかりしているかな、と思います)。

ダンスが上手くなるわけでもないのに続ける必要あるのかな、と思うわりには、そもそも習い事に対して具体的な期待や目標があったわけでもなく、まあ、本人がやりたいならいいか、くらいで、何も考えずに続いていました。


習い事が必要な意味、誤解していました


先日、ダンスレッスン後に娘を迎えに行ったら、先生に声をかけられました。

「今日、〇〇(娘)はとってもよかった。」

「?」

褒められることを想定していなかった私でしたが、そのまま先生は続けました。

「今日はもう引っ込み思案でなかったのよ! いつもやりたい子は手を挙げて、5人くらいの子がみんなの前で踊るのだけれど、今日初めて〇〇がみんなの前で踊ったのよ。すごくよかった!」

先生のうれしそうな表情を見た私は、どうやら私は勘違いしていたかも、と気がつきました。

先生はダンスの技術を教えようとしていたのではなく、楽しむ中から自分の自信につなげていくことを教えたかったんですね。

娘に、

「今日先生がとってもよかったって言っていたよ。みんなの前で踊ったんだって?」

と聞いてみました。

「今日はなんとなく。みんなもやっているからできそうな気がした。やってみたら、大丈夫だったよ。次もやりたい。」

家にいる時の娘しか知らない私には想像がつかないくらい、外では引っ込み思案。学校の担任の先生からは、

「静かな子というのも、その子の個性のひとつでいいのですが、もっと学んでいくためには、少し積極的になれるといいですよね。」

なんて言われていましたが、この時彼女の中で何か変わったように感じました。彼女にとって、家はリラックスし過ぎてしまうし、学校の授業はちょっと萎縮してしまうのかもしれません。

習い事って、上手に何かをできるようになることだけが目的ではなかったんだ、とようやく私も気づきました。やっぱり好きなことをどんどんやらせてあげないといけないですね。


野口由美子

2018年1月29日月曜日

「もっと受験勉強したかった。」私が子どもの貧困当事者として声を上げる理由

2017年12月、子どもの貧困対策センター公益財団法人あすのばが開催した「第3回あすのば全国集会」にて、子どもの貧困当事者として壇上に立った若者たちの中に、深堀麻菜香さん(19歳)の姿がありました。


第3回あすのば全国集会にて(中央が深堀さん)

深堀さんは、小学校時代から母親と妹2人の4人暮らし。北海道札幌市に住む深堀さんたちを残し、父親は本州に出稼ぎをしていましたが、だんだん仕送りが滞るようになり、母親のパート収入だけの生活になりました。

深堀さんは、

「がんばりたくてもがんばる機会が奪われてしまう。本当はもっと勉強したかったと思っている。」

と自身の経験を語ります。


パネルディスカッションのパネラーとして発言する深堀さん





受験勉強よりも生活保護者向けの部屋探し


--深堀さんが中学3年生の時、父親との音信が途絶え、夏から生活保護を受け始めたそうですが、3年生は受験もありますよね。どうやって高校受験の準備をしましたか。

生活保護の家賃規定を満たすために、アパートを引っ越さなくてはなりませんでした。引っ越し時期は私の中学卒業まで待ってもらえたのですが、物件探しが大変でした。仕事をしている母だけで部屋を探すことは難しかったので、私も学校帰りに週3で不動産屋に行き、母と一緒に物件を探していました。

高校受験のために勉強しないとマズイと思ったけれど、住むところがなくなったら困るので必死でした。ちゃんと受験勉強ができたのは試験前の1週間だけ。本当はもっと受験勉強したかったです。勉強したくても自分は諦めるしかありませんでした。


自分は周りの子と違う、貧しさを隠していた中学時代


--中学時代は大変だったのですね。いつ頃から、そういう大変さを感じるようになりましたか。

小学校高学年だったある日、家に帰ったら電気もガスも止まっていました。暗くて寒い部屋の中で、母が帰ってくるまで妹たちと布団をかぶって待ちました。当時の私はこういうことって普通に誰にでもあることだと思っていました。

でも、だんだんと、違う、うちは普通じゃないんだ、と気づきました。自分の家庭環境のことは周りの人に言わない方がいいのかな、と思って、父親がいないことも絶対言わないようにしていました。


「苦しさ」は人と比べなくていい


--今の深堀さんは自分の経験や考えを大勢の人の前で話しているのですよね。何かきっかけがあったのですか。

高校2年の夏に、「あすのば合宿ミーティング」に参加しました。合宿では全国のひとり親家庭や児童養護施設などで育ってきた人たちが全国から集まります。合宿の参加者たちは、東日本大震災での被害、病院の隔離病棟での生活や長期間のひきこもりなど、自分よりももっと壮絶な苦しい人生を送っていました。自分の苦労なんて他の人に比べたら全然大したことない、と恥ずかしかくなり、自分のことを話せないでいました。

そんな自分の気持ちを、合宿に来ていた内山田のぞみさんに打ち明けた時、こう言われたのです。

「自分が苦しいと思ったら、苦しいんだよ。苦しさを他の人と比べなくてもいいんだよ。」

私はこの時初めて、自分も苦しかったんだ、と隠し続けていた自分の気持ちを理解できました。自分は普通だと思いたい。表面的な言葉でごまかしたり、洋服や持ち物で見た目を取り繕ったりしていたけど、ありのままの自分でいいんだ、と思えるようになって、人前で自分のことを話せるようになったのです。

初めて人の前に立って話したのは、高校2年の時の「第1回あすのば全国集会」でした。すごく緊張してしまって、思うように話せなかったのですが、聴衆のみなさんが真剣に聞いてくれているのがすごくわかりました。声に出せば耳を傾けてくれる大人がいるんだ、と実感したのです。それから、子どもの貧困の当事者として、自分の声を発信していきたいと思うようになりました。


札幌市で募金活動を行う深堀さん(左端)1



人を助けることは誰でもできる


--自分自身も子どもの貧困の当事者だったのに、保育のボランティアに参加したり、学習支援団体で勉強を教えたり、ずっと支援側として活動してきたそうですね。どうしてそういう活動に参加しようと思ったのですか。

私は小学1年生の時から学童でとても仲のいい友達がいました。中学生になって、彼女は上級生から嫌がらせを受けたのがきっかけで、学校に来られなくなりました。

私は学校で配られたプリントを彼女の家まで届けました。彼女は帽子を目深にかぶって私と目も合わせられなくなっていました。私はただプリントを手渡すことしかできませんでした。

それから私は、毎日学校帰りに彼女の家に寄ることにしたんです。しつこく通い続けました。そうしているうちに、少しずつ言葉を交わせるようになって、冬になると、

「外は寒いから家に上がれば。」

と家に入れてもらえるようになったのです。リビングでおしゃべりしたり、インターネットの動画を一緒に観たり。特別なことをしていたわけではありません。支援しようとか思ってもいませんでした。でも、彼女が変わっていったんです。

中学3年生になって、彼女は保健室登校ができるようになっていました。そして、本人の口から、

「高校受験したい。」

と言ったそうです。彼女は札幌市の単位制高校に進学できました。高校では彼女が生徒会をやっていると知った時は本当にびっくりしました。

この時私は思ったんです。人を助けることは誰でもできる。支援のための知識や勉強もすばらしいけれど、知識だけではなく、人と人との関わり合い、自分の肌感覚を大切にした支援のかたちがあるはず、と。


札幌市で募金活動を行う深堀さん 2


--その考え方は自分の進路にも影響しているのですね。

私は今奨学金を受け、一人暮らしをしながら大学に通っています。大学ではデザインやITに興味があって、コンピュータ分野の勉強をしています。

周囲の人たちからは、社会福祉や教育を勉強しないの?とよく不思議がられます。でも知識も何もなく、自分の家の貧困で悩んでいた中学生の私にだって、人を助けることができた。福祉や教育の勉強をした専門家だけでなくて、もっといろいろな分野の人が関わって、さまざまな視点から問題を見て考えたい、行動につなげていきたい、と思っています。

「お金がないから自分には無理。」
「どうせがんばってもダメだろう。」

お金がないことを理由にあきらめないでほしい。私があきらめた分まで、ほかの子たちにはいろんなことに挑戦してほしい。他の子たちがあきらめなくて済むように、私ができることをこれからもっと考えていきたいと思います。

(写真出典: 子どもの貧困対策センターあすのば Facebookページ


聞き手・野口由美子

2018年1月25日木曜日

「『できる子』はまだできていない」先生の言葉の意味

「ねえ、ママ。エジソンってさ、電気のライトを発明するまでに、何千回?も実験したんだよね。でも、エジソンは失敗したんじゃない、うまくいかない方法をたくさん見つけてたんだって、言ったんだって。」

小学生の息子がPSHE(Personal, Social, Health and Economic Education・日本の小学校の道徳に似ているのかもしれません)のクラスの話をしてくれました。今学期の学習予定を見ると「将来の夢」がテーマのようです。

夢を持つことは大切、というようなことを学んでいるのかな、と私は予想しながら、息子の話を聞いていました(彼が自ら学校の授業の話をするはめずらしいことで、彼の中で響いた何かがあった、ということ。普段はあまり話してくれないんですよね)。

「J. K. ローリングもね、ハリー・ポッターのお話を書いて、たくさん本の会社の人に送ったのに、みんなにダメだって言われたんだって。ひとつの会社だけが本にしていいって、返事くれたんだって。」

ハリー・ポッター好きの息子にとっては、このエピソードは驚きだったようで、私に是非とも教えたかったようでした。


失敗の意味は?


偉業を成し遂げるには、困難が伴うということかしら、と思って私は息子に聞いてみました。

「あんなに面白いお話を作っても、最初からうまくいったわけじゃないんだね。ちょっと信じられないよね。先生は他にどういうことを言っていたの?」

「たくさんの失敗があるから、成功するんだって。」

「じゃあ、何でも最初からうまくできたらいいなってママは思っちゃうけれど、あまりいいことではないのかな。」

「2,3回失敗したくらいでうまくいくってことは、ただ簡単なことをやっているだけで、まだ成功さえしてないのかもって、先生言っていた。」

失敗は成功のもと
失敗を恐れるな

こういう類の言葉も、息子はこれまで言われてきた(私も言っていたはず)と思いますが、そういう励ましの言葉よりも、インパクトがあったようです。失敗するのが当然、と感じさせる先生の話がとても気に入ったようでした。

とにかく褒める、たとえ小さくても成功を積み重ねて自信をつけさせる、というのが学校の先生の基本スタイルだと思っていた私にとって、ちょっと意外な内容でした。

そろそろ、大人が道を示して教えられる範疇を超えたところで、失敗して挫折を経験するのかな、子どもの成長かもしれないですね。私も

「よくできる」ということは本当のゴールに向かって進んでいない

というくらいの気持ちで考えていこうと思いました。


失敗も乗り越えて叶えたい、将来の夢は?


この授業ではクラスの子同士で、将来の夢を話し合ったそうですが、男の子はサッカー選手、女の子は学校の先生が人気で、その他にはお医者さん、馬術選手、動物園の飼育員などなど、いろいろあったそうです(今流行り?のユーチューバーも1人いたそうです)。もう小さな子どもではないのですが、まだまだ夢らしい夢を話せるのも、小学生の子たちのいいところですね。


息子の将来の夢はテニスの選手、だそうです。
「ジョコビッチと対戦してみたい」とのこと。

夢やゴールについて語る子どもの姿はいいですね。どこにでも行ける、何でも学べる。可能性を大切にしたいです。


野口由美子

2018年1月18日木曜日

女の子がピンク好きなのはなぜ? そして突然嫌いになる

洋服はピンク!という女の子のこだわり。私の娘は2歳くらいから始まりました。

「もうねえ、自分の意見がはっきりしていて、自分の選んだ服しか着てくれないから、今日も上下ピンクの服になっちゃってるのよ。」

娘の全身ピンクのコーディネートは決して親の希望ではないと、聞かれてもいないのに周りの人に言いたくなる私、そんな感じでした。


ピンクの服はなかったのに


我が家は兄、妹の組み合わせなので、娘の赤ちゃん時代は息子が使っていたお下がりの服中心。男の子っぽい青や女の子っぽいピンクのどちらでもない、黄色なんかの服ばかり。ハートやリボンの柄とも無縁でした。

女の子らしい物とは無縁だったのですが、ある時、私がなんの思い入れもなく使っていたキティちゃんのキーホルダーが、まだ2歳にもなっていなかった娘の目に止まり、娘がすごく興味を持ったことがありました。今思えばそこから彼女の中で何かが芽生えたのかもしれません。キティちゃんがついている物をすごく喜ぶようになりました。キティちゃんがついている物は大体ピンク色。ピンクという色も好きになったようで、彼女の周りにだんだんピンク色が増えていきました。


女の子のピンク大好きはなぜ?


娘に女の子らしくしてほしいとか、そういう思いは全くなかったのに、彼女自身がピンクばかり選ぶようになっていく様子は、私にとって不思議でした。親がピンクを着せなければ、子どもはピンクを好まなくなる、というわけではないのですね。子どもが何を好むか、なんて親がコントロールできるものではない、ということかもしれません。

ヨーロッパで生活するようになった時、ここではそういう「女の子らしさ」「男の子らしさ」から自由でありたいと考える人が多いのではないかと思ったのですが、そうでもない印象を受けました。


4歳の頃。学校の発表会の衣装でピンクの服を着ていたのですが、
いくらでも家からピンクの服を持って来られました。


ピンク、ふわふわ、キラキラな女の子の服は、日本よりも多いくらいに感じます。女の子の洋服売り場で目立っているのもピンク色。女の子にはディズニープリンセスが人気で、プリンセスのドレスを着て街中を歩いている子も見かけます。見る人によっては、社会的に女の子らしさを子どもに押し付けていると思うのかもしれませんが、あまり厳しく考えている人は少ないように感じました。逆に10代くらいの女の子たちはデニムにスニーカーばかりで、いわゆる女の子らしい服装の子をあまり見かけなくなるのです。


突然ピンク嫌い、水色大好き


ずっと変わらず、服は自分で選ばないと気が済まない娘ですが、最近になって、ピンクでハートがキラキラしたお気に入りの服を私が出してあげると、

「これはピンクすぎる。」

と却下、代わりにグレーに紺、ボーダーのシャツにシンプルなレギンスを手に取ったことがありました。

「男の子っぽい。こんな暗い色の服イヤ。」

と言って、今まで絶対着なかった服です。でも洗濯したら次もまた同じボーダーのシャツ。そればかり着るようになりました。

「ママ、もうピンクは好きじゃないの。1番好きなのは水色。2番目がブルー、3番はパープル。わかった?」

水色大好き、が突然始まりました。これもピンク大好きと同じくらい女の子が通る道のような気がします(私自身はどちらも経験ありませんが、よく聞きますよね)。

今回の発言の要因は、大体見当がついていて、学校で仲のいい友達が水色好きなのに影響を受けているようです。娘は恥ずかしいのかはっきり私に教えてくれませんが、彼女たちには、

「ピンクでフリフリって子どもっぽい。」

という気持ちがあるみたいです。大人が全身ピンク、なんてなかなかないですし、より大人に近づこうとすると、ピンクではないという選択になるのかもしれません。


自分らしさを探っているのかも


男らしさや女らしさより、「自分らしさ」というのは、よく使われる言葉ですし、誰もが賛成する言葉ですが、自分らしさは、男らしさや女らしさを否定するのではなく、その間で揺れ動いたり、時々背伸びしたりしながら、自分自身で見つけていくのかな、と娘の様子を見ていて、ふと思いました。

その傍ら、全く洋服に関心のない息子。最初に手に触れたものを着ているので、娘とは違う理由でいつも同じ服ばかりなのですが、そんな彼にも服で自分を表現したいなんておしゃれ心が芽生える日が来るのだろうか、とそれもちょっと楽しみです(親が喜ぶような格好をしないかもしれませんが)。


野口由美子

2018年1月11日木曜日

今年こそ、子どもにお手伝いを! あの手この手でやってみました

なつやすみのしゅくだい
「おてつだいをしよう」

小学1年生の夏休みに「お手伝いをしたらお手伝い表に色を塗る」という宿題がありました。子どものお手伝いにと選んだ家事は、洗濯物を畳むこと。我が家ではパパがいつも畳んでいたので、パパっ子の息子が一緒にやるところから始めればいいのではないか、という目論見だったのですが、この時息子は表の半分くらいしか色を塗れなかったと思います。やる気なし。

うちの子がお手伝いできるようになるには何か仕掛けが必要かも。私も真剣に考えるようになりました。

お手伝いしたらお金をあげる、を実践


そこで我が家では、お手伝いをしたらお小遣いをあげる、というやり方を採用しました。この時、お小遣いはお手伝いの動機付けというより、むしろ、お金の大切さを知ってほしいという気持ち強かったです。働かないとお金はもらえない、それも結構がんばらないといけない、という体験をしてお金の大切さを知ることができるのではないかと思ったからです。

(この時のことは以前の記事に書きました。お金って何? 子どものお小遣い、我が家の場合

息子の貯金箱。お金が貯まる、というのはうれしいようです。


でも、お手伝いすることでお小遣いをあげる私自身、

「お手伝いでお金をあげるのっていいやり方なのだろうか? 家族が家族のために何かやってお金をあげたりもらったりっておかしい?」

と頭の中ではずっと引っかかっていて、他の家庭ではどうやっているのか、ことあるたびに周囲の人に聞いていました。

私の周りでは、お手伝いをしたらお小遣いをあげるという家庭もあれば、毎月または毎週、決まった額のお小遣いを渡しているという家庭も両方ありました。どっちも半々くらい、お小遣いの金額にもかなりばらつきがあるような印象でした。

家族で仕事を分け合う「お手伝い」


決め手がないまま半年くらい経ったある時、

「分け合う」

という考え方を教えてもらいました。

「家族の一員であることを大切にしたいから、家族の仕事も分ける、お金も分ける。」

子どもも家族の一員として家事を分担するし、家庭の収入も一部分け与えられる、という考え方のようです。子どもは家事をする役割を与えられお手伝いをするけれども、お小遣いはお手伝いに連動せずあくまで毎月一定額をもらいます。車や庭の掃除といった普段しない特別なお手伝いをしたら、お礼に毎月のお小遣いとは別に少しお金をあげることもします。

折衷案のような感じもあり、これはやってみたいと私は思いました。

お手伝いの新しいルール


早速私は子どもに提案しました。

現行制度
お手伝いポイント1ヶ月分=600円(実際には6ユーロ渡していますが、物価感覚ではこれくらい)
ポイントは10ポイント単位で換金可

提案
以下の2つのお手伝いを毎日行う約束をする
・洗濯物を畳むこと
・夕食の配膳をすること
お小遣いは毎月800円(8ユーロ)の定額

「朝起きて、朝ごはん食べて身支度して学校に行って、家に帰って宿題して、自分のことはだいぶできるようになったよね。そうしたら、次は家のお仕事もできるようになってほしいってママは思っている。だから大きくなってきた今はお手伝いもがんばってみてほしい。」

「今まではパパとママがやっていたのに何でぼくがやらなくちゃいけないの?」

という気持ちでいっぱいな息子の表情。

「家族ってなんでも分け合ってやっていくとうまくいくんだよ。ママは家にいるから家のお仕事たくさんやっているけれど、パパも家の仕事をやるでしょ。ママひとりでやっていたら、なかなか終わらないけれど、パパだけじゃなくて、みんなで一緒にやれば早く終わって、家族みんなで遊んだりいろいろなことができるでしょ。みんなで助け合った方がうまくいくよね。」

「お手伝いをがんばれるって約束できるなら、お小遣いは毎月決まった額でいいよ。パパが会社で働いてもらったお金はパパだけが使うわけではないよね、家族のために使っているよ。ママはお手伝いポイントないけれど、パパのお金を使っている。ちゃんとお手伝いできるくらい大きい子には、ポイントでなくてお金を分けてあげればいいと思っているんだよ。」

お小遣いは増額されるので、悪くない提案に映ったはずですが、今までにはない「家族としての責任」の重さを察知したようで、息子は考え込んでいました。

「これは助け合いだと思っているんだよ。ママも〇〇くんが大変な時は手伝うから、何があっても絶対毎日お手伝いをやらなくちゃダメっていうことではないよ。ママはできると思っている。もう小さい子とは違うからね、それだけ〇〇くんは大きくなったんだよ。」

話しているうちに

「何でもやってもらってばっかりっていうのも良くないか。」

と息子は納得したようでした。

「じゃあ、ぼくやるよ。」

観念したように言いました。

お手伝いの効果は大


新制度導入からまだ数ヶ月ですが、朝の隙間時間にささっと洗濯物をたたんでいる姿を見ていると、少しずつ責任感が出てきた気もします。お手伝いというと、「助ける」「補助」というイメージになりますが、パパやママを助けるというより自分の仕事だと感じているようです。お手伝いをして身につくことは多いものですね。

今私が気をつけているのは、

「ありがとう。」

を欠かさないこと。毎日繰り返している小さな家事でも、やっぱり感謝されるとうれしいのは誰でも同じはず。前向きな気持ちを後押ししたついでに

「ママ、これも手伝おうか。」

という自発的な息子の声がもっと聞けるといいな、という密かな期待もあり、まだまだ新しい試みを続けることになりそうです。


野口由美子

2017年12月29日金曜日

赤ちゃんが寝ない、疲労困憊の産後ママ。その時に効いた「魔法の言葉」

早いものでもう年末。クリスマスも過ぎました。慌ただしい年末だけれど、お正月は家族でのんびり。新年を迎えるのはいつも楽しみです。

でも、そんな世間のイベントにも関係なく、毎日昼夜関係なく子育てにがんばっているパパやママもいるものです。


我が家の夜はまだクリスマスツリーのライトが付いて、明るくしています。



初めての子育て、つらい


私にもそんな経験があります。初めての育児、まだ小さな赤ちゃんが眠らず、昼も夜も2時間おきに泣かれて途方に暮れていた時期がありました。抱っこ、ハイチェアでゆらゆらさせて1時間、やっと眠ったとホッとしてから30分で赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。

誰もいない昼間の家か、パパもいても真っ暗な夜の家で。

私はつい強がって、元気なふうに振舞っていましたが、本当はかなりつらかったです。


行き詰まった時、母のアドバイスは


ある日、私は実の母に電話をかけました。もう限界、誰かに相談したかったのです。

「どうすれば、赤ちゃんは泣き止む? 眠ってくれる?」


母なら何かいいアイディアがあるはず、と私は期待していました。でも母からのアドバイスは

「思いつく限りのことを順番にやってみて。」

まずはオムツを見てみる。オムツが汚れていないか。オムツが大丈夫なら、お腹が空いていないか。抱っこしてほしいのかも。外気に当ててみたり、ちょっと歩き回ってみたり。

「特別な魔法なんてないわよ。」

必ず効く魔法のような方法なんてないという母のセリフ。当たり前すぎるけれど、私にとってはつらすぎる言葉に聞こえました。

子育てに魔法はない、でも


電話越しでも、母にはがっかりしている私の様子がわかったのだと思います。母は続けて話し始めました。

「楽な子育てなんて、ない。」

「よく眠る子で手のかからない赤ちゃん。確かにそういう子もいる。でも、だからってその子が育てやすいかといったら、そんなこと絶対ない。」

「しばらくしてから、夜泣きがひどくて大変だったり、イヤイヤ期が長くて苦労したり。もっと大きくなって、思春期に問題を起こす子だっていたわよ。育てやすい子なんていない、いつかは親が苦労するもの。子どもが小さい時に、親は苦労しておいた方がいいかもよ。子どもが大きくなってからの親の苦労は本当につらいもの。もっと大きくなったら、この子は手のかからない子になるかもよ。」

「ずっと楽な子育てもなければ、ずっとつらいだけの子育てもない。」

つらい生活の終わりが見えず、今の状態から抜け出せないような気持ちでしたが、はっとさせられました。

ずっと今のまま、なんてことはないんだ。きっとこの先はもっと楽になれるんだ。

私は前向きな気持ちになっていました。

この眠らない赤ちゃんも、今は9歳。あんなに大変だった赤ちゃん時代は、もちろん、母が言った通りずっと続いたわけではありません。その後も健康や教育のことで悩んだり、つらい思いをしたり、大変なことはありましたが、親としてなんとかやってこれたのも、これからもやっていけると思えるのも、母の言葉が魔法のように私に効いているからだと思います。


*この記事は、以前自分が書いた記事を元にしています。記事へのメッセージをいただき、私も改めて魔法の言葉を思い出しました。ありがとうございます。

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野口由美子