2015年12月17日木曜日

お母さんの味を見つける インターナショナルな家庭の野菜嫌い克服法

インターナショナルな家庭の食事

子どものお友達で、お父さんはフランス語圏のスイス人、お母さんはアメリカ人とオランダ人のハーフ、今まで長くアメリカで暮らしてきて家庭内では皆英語を話す、というご家族がいます。家族全員日本人、家庭の言語は日本語、マインドも完全日本人、と単純でわかりやすい我が家とはだいぶ違う家庭環境だな、と親の私は思いましたが、子どもにはそんなことは関係ないようで、子ども同士は仲良く遊んでいます。

このご家族は、ニューヨークに住んでいたということもあると思うのですが、いろいろな国の料理をよく知っていて、日本食も大好きだそうです。意外にも食の好みが合い、巻き寿司の作り方をお母さんに教えてあげたら、とても喜んですぐに自分で作ってみてくれました。海外にいると日本の食文化は自慢できます。

そんなお母さんに野菜嫌いの子どもが喜ぶ食事を聞いてみました(子どもが野菜を食べたがらないというところはお互い似ていました)。

一番のおすすめは、タコスでした。

私にとって意外なメニュー。生野菜をたくさん入れますし、味付けが辛いイメージがあったので、私は子ども向けだと思ったことがありませんでした。生野菜が嫌いなうちの子でも食べるかしら。私も早速試してみました。

野菜嫌いの子どもと食べるタコス

用意したのは、
トルティーヤ(我が家はソフトタイプのコーントルティーヤを使います)
チーズ(細切りのシュレッドチーズなど)
トマト(角切り)
レタス(千切り)

肉類の具材は牛ひき肉を使い、オリーブオイル、ニンニク、玉ねぎのみじん切り、
トマトペースト、ケチャップで味を調節しながら、パプリカパウダー(オランダではよくあるので試しに入れてみましたが、なくて大丈夫です)、塩コショウでいためました。ひき肉だけではなく、鶏肉のグリルも合うそうです。

アボカドはつぶしてヨーグルト、塩コショウ、子どもに嫌がられない程度にニンニクをすりおろして混ぜます。

サルサソースは辛いタイプのものを用意して大人だけが使います。

フライパンでトルティーヤを温め、チーズをのせて少し溶かしてからお皿にとって、具材をのせるところから子どもと一緒に作ります。

「えー、トマトそんなに入れないで」
「試してみてよ、ほら、これだけは食べられると思うよ。食べてみて」




「おいしい」

我が家のトマト嫌いも喜んで食べていました。肉も野菜も主食も一度に食べられて、用意も後片付けも簡単。あらかじめ具材を作っておくこともできます。タコスというとランチや軽食のイメージがありましたが、具材が多いとボリュームがあり、豆を入れると、さらに満足感があります。我が家では忙しい日の夕食メニューのひとつになりました。子どもたちの予定が立て込んで夕方帰宅してから食事を作る時間がない、でもカレーや丼物ばかり作っているような気がする、という時に登場します。

どこでもお母さんは子どもの食生活を考えていろいろ工夫しているものですね。



野口由美子

2015年12月11日金曜日

サンタクロースはいないと言った先生の話

クリスマスにプレゼントを持って来るサンタクロース。子どもたちはプレゼントを楽しみにしていますが、サンタクロースを怖がる子もいませんか。私の下の子も、サンタクロースが怖かったことがあり、テレビのアニメでサンタクロースが出てくるだけで部屋から逃げ出し、幼稚園にサンタクロースが来た時は泣いていました。そんな思い出を元学校の先生と話していた時、こんな面白いエピソードを聞きました。

サンタクロースが怖い子

サンタクロースが怖いという4歳の子のお母さんに相談されたことがあるそうです。その先生は、
「サンタクロースは本物ではない。あれは普通の人がサンタクロースの役をやっているだけで、本当のサンタクロースはいないと子どもに言ってごらんなさい」
とその母親にアドバイスしたそうです。まだ小さな子どもにそんなことを言う勇気はなく、そのお母さんは子どもに言えませんでした。

学校のクリスマス会でサンタクロースがやってくる時、先生は自らその子に、サンタクロースは偽物でサンタクロースはいない、と言ったそうです。するとその子は安心したのか、泣くこともなくサンタクロースからプレゼントを受け取りました。そして、お母さんに言ったそうです。
「サンタクロースからプレゼントをもらったよ!」

サンタクロースを信じていない子

5, 6歳くらいになってくると、サンタクロースの存在が危うくなってきます。本当はサンタクロースなんかいない、大人がプレゼントを用意しているんだと言い出す子が出てきますが、一方では、まだ信じている子もいます。親としてはちょっと寂しくなりますが、その先生はこんなことをしたそうです。

サンタクロースはいないという子だけにひそひそ話で
「あなたの言うようにサンタクロースは本当にはいないわ。先生も知っているわよ。でもそれはあなたと先生だけの秘密にしましょう。まだ誰にも言わないで。」
と言ったそうです。子どもは秘密という言葉にワクワクしたようで、喜んで先生と約束しました。
 
サンタクロースが学校のイベントにやってきました。子どもたちにプレゼントを渡して帰っていった後、その秘密の約束をした子は、
「サンタクロースが学校に来たね!やっぱりサンタクロースはいるよ」
とうれしそうに先生に言ったそうです。

サンタクロースが育む想像力

「進んでいる」教師だったと自称するこの先生のスタイルにとても魅力を感じました。サンタクロースは、子どもの想像力や創造性を育む一つの機会と捉えていたそうです。他者の気持ちを考えたり、先のことを予想したり、新しいアイディアを生み出したり、想像力が大切なことはわかっているつもりでしたが、それを育てるのは難しくなったと私は思っていました。しかし、子どもの想像力は私が思っていた以上に豊かなものでした。

サンタクロースはいないけれど、いるのです。


野口由美子

2015年12月7日月曜日

オランダで表情豊かなミッフィーちゃんに出会う

アムステルダム国立美術館のミッフィーちゃん

今年2015年はミッフィー誕生60周年。日本でも記念イベントがたくさんありましたが、本家オランダ、アムステルダムの国立美術館ではDick Bruna. Artistという特別展が開催されました。私もミッフィーちゃんが大好きです。

国立美術館はレンブラントやフェルメールの名画を収蔵し、世界的にも有名な美術館です。その美術館での特別展は、ディック・ブルーナ氏のアーティストとしての側面に焦点を当てたもので、改めて私はミッフィーちゃんをじっくり観ることができました。とても明るく明確な色使いに平面的で単純化された造形。ミッフィーちゃんは動きが少なく、無表情。色も形もシンプルなのに、かわいいです。

しかし、展覧会の解説をみると、ミッフィーちゃんの表情が描き分けられているという説明がありました。もし、うさこちゃんの絵本が手元にあったら是非見比べてください。実は絵本のうさこちゃんはどれも同じではないのです。

わくわくするうさこちゃんと満ち足りたうさこちゃん

たとえば、「うさこちゃんびじゅつかんへいく」。展覧会のカタログの解説に沿ってみてみます。うさこちゃん家族が美術館へ出かけていくページと、美術館から帰るページの挿絵を比べます。おとうさんとおかあさん、うさこちゃんが並んで歩いている様子は行く方向と帰る方向で向きが違いますが、それ以外は同じ構成の絵になっています。

うさこちゃんの顔、目を比べます。

美術館へ行くうさこちゃんの目は大きく、美術館から帰るうさこちゃんの目は少し小さく描かれています。手描きだから多少違いがあるということではありません。大きい目は、これから美術館へ行くわくわくした気持ちを表しています。興奮や好奇心によって目が長く丸くなるというのは、人間や動物の感情表現に従ったものだそうです。そして美術館で楽しんだ後のうさこちゃんは目が小さくなっています。これは満足感の表れなのだそうです。解説では、ダーウィンの「人及び動物の表情について」を参照し、うさこちゃんの表情は、人間や動物の普遍的な表情であると指摘していました。

絵本ナビのためしよみで、美術館に行くうさこちゃんの挿絵を見ることができます。
うさこちゃんびじゅつかんへいくうさこちゃんびじゅつかんへいく
作・絵:ディック・ブルーナ / 訳:まつおか きょうこ出版社:福音館書店絵本ナビ

シンプルな絵の中で、うさこちゃんの気持ちはちゃんと表現されていたのです。ミッフィーが世界で愛されるようになったのは、単純な色や形の中に普遍的な感情を、世界中の人々、子どもにも伝わるように表現されているからだと解説されていました。

絵本をもっと楽しむ

うさこちゃんの絵本を子どもと読む時、うさこちゃんの表情や気持ちを子どもに聞いてみると、意外といろいろな答えが返ってきます。もちろん、絵本のお話があるので、絵そのものというよりお話の内容からうさこちゃんの気持ちを想像しているかもしれません。つい絵本を読んであげる大人はお話を呼んで聞かせることに集中してしまいますが、絵を見て感じたことを話してみるのも、絵本の楽しみの一部だと思います。うさこちゃんは絵本の楽しみを広げてくれます。

 余談ですが、
ミッフィーちゃん、うさこちゃん、2つの名前が日本では使われています。ミッフィーちゃんというのは英語版の翻訳でつけられたMiffyからきていて、うさこちゃんは日本語版の絵本を最初に作る時につけられた名前だそうです。もともとのオランダ語ではナインチェ(Nijntje)という名前で、ウサギという意味のコーナイン(Konijn)を縮めた幼児語に、小さいという意味のtjeがついています。ミッフィーちゃんは親しみやすい名前ですし、うさこちゃんはオランダ語に忠実な訳になっていてとてもいい名前です。どちらの名前も好きなのでこの記事では両方使いました。

参考: Rijks Museum ”Dick Bruna. Artist” 


野口由美子

2015年11月27日金曜日

サンタクロースの起源から子どものしつけを学ぶ

1年の終わりが近づいてくるこの時期、街はイルミネーションやクリスマスの飾りでとても賑やかになります。北ヨーロッパの冬は、寒いだけでなく、日照時間もかなり短くなるので、暗い日が続きます。厳しい冬を乗り越えるためにも、この時期を祝う明るさや温かさは大事にされています。

サンタクロースだけではないヨーロッパ

ヨーロッパでは、この時期のお祝いは1225日のクリスマスの日だけではありません。フランス、ドイツ、ベルギーなどの一部の国ではセント・ニコラス(言語によってサン・二コラ、ニコラウス等呼び方は変わります)を祝います。セント・ニコラスは実在のトルコのキリスト教司教で、貧しい人や子どもを救ったという伝承があり、聖人として崇敬されています。セント・ニコラスが子どもを救うために貧しい家に金貨を投げ込み、それが暖炉に下げられていた靴下に入っていたと伝えられていて、それがセント・ニコラスの日に子供がプレセントをもらう風習になり、さらにサンタクロースの伝承に発展したといわれています。

セント・ニコラスの祝い方は地域によって違いますが、私の住んでいるオランダが一番盛大にセント・ニコラスを祝うようです。オランダ語ではシンタクラースと呼びます。ちなみに、シンタクラースというオランダ語がアメリカにサンタクロースと伝わったのが、サンタクロースの語源といわれています。

オランダにシンタクラースがやってくる

シンタクラースは毎年1115日にスペイン(なぜスペインから来ることになっているかは不明だそうです)から船でオランダにやってきます。到着当日は1日がかりでパレードをします。午前中は船でアムステルダムの運河を回り、午後は街の中心地を夕方までかけてパレードします。

今年はパレードを家族で見に行きました。シンタクラースが現れると子どもたちの歓声が上がります。赤いマントに白いひげ、白い馬に乗っています。






シンタクラースにはズワルト(黒い)・ピートという従者がいます。アムステルダムのパレード時には500人くらいの黒塗りの顔のピートが子どもたちにお菓子を配って回ります(当然のことながら、この黒塗りの従者は人種差別問題としても議論されています)。

オランダらしく自転車に乗っているピートもいました。顔は真っ黒です。




オランダに到着したシンタクラースはオランダ中を回り、ショッピングセンター、学校、職場にも現れ、子どもたちにお菓子などを配ります。そして家庭では、セント・ニコラスの日の前夜である12月5日の夜、シンタクラースからのプレゼントがやってきます。そして、翌日、シンタクラースはオランダを去ります。この期間、あちこちにやってくるシンタクラースに子どもは忙しいくらいです。子どものために街中が活気づきます。

シンタクラースは怖い人でもある?

シンタクラースはプレゼントを大きな麻の袋に入れてくるのですが、その麻の袋に悪い子を入れてスペインに連れて帰る、という話を聞きました。そもそも聖人なのだから、セント・ニコラスにはそのような伝承はなかったはずです。連れていかれたくなかったらいい子にしていなさい、と大人が子どもをしつけるために、そのような話になったようです。

小学校の先生をしていたオランダ人の方にこのことを話してみると、大きく首を振って私に言いました。

「そんなの古い!30年、40年前の教育ね。子どもを怖がらせることでしつけようとするやり方は子どもに良い効果がないから、その言い伝えはもう子どもに言わないわよ。」

シンタクラースはかつてプレゼントをくれるやさしい人であると同時に悪い子をさらう怖い人でもありましたが、今はただやさしい人物とされているそうです。

子どもを怖がらせる大人

それを聞いて私はどきっとしました。自分は子どもを怖がらせたり、脅したりしてしつけようとしていることがあるのではないかと。
「早く寝ないとお化けが来るよ」
小さい子どもならお化けは十分怖いはずです。
「ちゃんとママに付いて来ないと置いていくわよ」
知らない場所に置いていくと言うのは子どもに対する脅しではないでしょうか。

私は子どもを怖がらせたり脅したりしてしつけようとすることをやめました。やめてみて、子どもを怖がらせるのは簡単だけれど、実は効果がないという結論に達しました。

確かに小さい子どもは親に脅されたら、怖くて泣きながら言うことを聞きます。しかし、それでは、なぜ早く寝るように言われるのか、親に付いて歩かなくてはならないのか、理解できないようです。私は何度も同じことで脅し続け、だんだん子どもも脅されることに慣れてしまって脅しも効かなくなってきました。寝なくても本当にお化けが来ることはないですし、知らない場所に永久に置いていかれることも現実にはないと、子どももどこかで気づいているのかもしれません。

恐怖心はもういらない

脅しよりも面倒なようですが、私は子どもと一緒に考えることをしました。夜遅くまで起きていたらどうなると思うか。私の考えも言います。次の日の朝起きられなくて、学校に遅刻してしまうと思うけど、どう?朝早く学校に行って友達に会えた方が楽しいとママは思うよ。

どうするのがいいか話し合って、本人が納得しなければ、好きなようにさせ、遅刻してしまう失敗をあえて経験させます。早く寝た方がいいということを自ら理解すると、もう寝る時間よ、という一言で、自分からベッドに行くようになりました。親は、本来、子どもの恐怖心を取り除いてあげたいと思うものです。子どもの恐怖心が家庭から減っていくと、親の気分も楽だと感じました。

シンタクラースは毎年オランダにやってきますが、今は怖い人ではなくなり、時代と共に変化していました。いろいろな考え方があり、唯一の正解があるわけでもありませんが、私は、しつけも変化していいと思います。


野口由美子

2015年11月20日金曜日

4歳からのコンピュータプログラミング入門

コード・ウィークというイベントをご存知でしょうか。20151010日から18日にかけて、世界的に開催されたイベントで、欧州委員会(European Commission)の通信ネットワーク・コンテンツ・技術総局(DG Connect)のサポートによって、2013年から始まった取り組みです。関連したイベントが学校などで開催され、子どもを中心に15万人以上が参加します。
今私たちが住んでいる現代はテクノロジーが急速な進歩を遂げています。働き方、コミュニケーションの仕方、ショッピングの方法も、考え方も大きく変化しています。そんな大きな変化に向き合い、自分たちが生きている世界を理解するには、テクノロジーがどのように機能しているのかを知るだけでなく、それを使いこなせなくてはなりません。それが今の時代を生きていくのに必要な能力です。 コードを学べば、テクノロジーがどのように機能するか理解し、新しいアイディアを探求し、さらにそれらを実現させることができます。仕事としても、遊びの場でも。近くの人と、世界中の人と一緒に、私たちの自由な想像力のままに。 
(引用: CodeWeekEU2015 “Why Learn to Code?”)
このコード・ウィークの一環として、4歳の私の娘のクラスでコードを学ぶという話を聞いた時、私は少し驚きました。私自身がコンピュータに詳しくないどころか、むしろ苦手、ということもありましたが、まだ字もまともに読めない子どもが何をするのでしょう。

ロボットを作ろう

「ロボットは何からできているか知っている人は?」
授業はこんな先生の質問から始まりました。
「鉄!」「ブロック!」「ボタン!」「電気!」「マシーン!」
子どもたちは次々に思いついたことを発言します。
「ロボットは何ができると思う?」
「ロボットはマシーンだよね。マシーンは考えることができない。人間が何をするか命令するんだよ」

次に、子どもたちはロボットが校庭で何ができるか考えました。子どもたちのアイディアは、すべり台やおにごっこ。ロボットと一緒に遊んでみたいようです。

そして工作の時間が始まりました。自分たちでロボットを作ります。今日作るロボットは、段ボールのロボット。2人がかかりでロボットの顔を作ります。先生に目をくりぬいてもらい、思い思いに飾り付けをします。



顔が完成すると、早速子どもたちはかぶって遊んでいました。


ロボットを動かそう

完成したロボットをどうやって動かすことができるか、先生は質問します。そこで子どもたちは、ロボットがボタン(コード)で動かせるということに気づきます。コードを使ってロボットを動かすのです。そのことを理解した子どもたちは、自分たちの作ったロボットが校庭の落ち葉を拾うというプログラムのコードを書きます。

「どんなコードが必要だと思う?」
一斉に子どもたちの手が挙がります。
「進め!」「止まれ!」「拾え!」「早く進め!」
右足を前に出す、左足を前に出す、右を向く、左を向く、ジャンプする、しゃがむ、つかむ、という絵が描かれている紙が子どもたちに配られました。子どもたちはその絵のコードをひとつずつ切り取り、順番を考えながら紙に貼っていきます。コードが完成しました。

いよいよロボットが葉っぱを拾えるかテストします。ロボット役の子が段ボールのロボットを被ります。もう一人の子が自分の作ったコードの順番に
「右足を前、次は左足を前」と指示をしていきます。



うまくいかなかったらコードを直してもう一度試します。ロボット役の子がうまく葉っぱを拾えた時のうれしそうな顔。子どもたちはとても楽しんでいました。

現代の子どもには必須

時代が変われば教育も変わる、ということを見た思いがしました。この授業は4歳から8歳程度の子どもを対象に考案されたもので、どうやってコードを書くか、ということよりもコードの背景にある考え方(オートメーション、コマンド、デザイン、テスト)を工作やゲームを通じて理解することに焦点が当てられています。

イギリスの国が定める学校カリキュラムでは、5歳からアルゴリズムが授業に出てきます。コードだけではありません。7歳の息子はインターネットでの情報収集の方法や、ワードやパワーポイントなどのソフトウェアを使って自分の考えを表現することを授業で習っています。

パソコンやタブレット、スマートフォン。使わない日はないくらい生活に浸透していますが、大人自身もこれらとどう付き合ったらいいか手探りだと思います。我が家では子どもたちがタブレットでゲームをしたり、動画を観たりしたがります。どれが良くてどれが良くないかという線引きや使用時間のルールがなかなか定まらず、頻繁に子どもと話し合いです。いっそのこと全部禁止にしてしまおうかと思ったこともありましたが、むしろ触れた方がいいと考えるようになりました。

4歳でコード??と私は完全にひるんでいましたが、楽しみながら子どもたちは学んでいました。ただ受け身にゲームや動画を楽しむだけでなく、彼らにその仕組みや機能を知ってもらいたいと考える良いきっかけになりました。コード・ウィークのサイトには、子どもがコードを学べるサイトがたくさん紹介されていて、大人の私が見ても勉強になります。本当は毎日がコード・ウィークです。

野口由美子


2015年11月15日日曜日

チャリティはもっと身近に

朝の学校で

ついこの間のことですが、子どもたちの学校でノンユニフォームデーがありました。過去の記事でもノンユニフォームデーに触れました。それだけ頻繁にあります。チャリティイベントの一環なので、今回も子どもたちは学校で1ユーロを寄付しました。前回は難民支援でしたが、今回はBBC Children in Needというイギリスの障害のある子どもや若者の支援のために寄付が送られます。

下の子のクラスは好きなヒーローやプリンセスの衣装で学校に来ることができるということで、たくさんのスパイダーマン、「アナと雪の女王」のエルサにあふれていました。楽しいイベントです。


子どもたちがちゃんと寄付をしていました。


スターバックスで 


私はそのあと、学校近くのスターバックスで、日本人のお母さんたちと学校行事でお寿司を販売する屋台を出店する打ち合わせをしました。海外に住んでいる日本人お母さんの多くはやっていることだと思いますが、巻き寿司などを作って学校で販売します。現地の方にお寿司はとても人気があります。子どもにとっては自分の母親が作ったお寿司が自慢のようで、私は自分の子どもが喜ぶからやっているようなものですが、この屋台の収益金はすべて学校に寄付します。特に意識していませんでしたが、これもチャリティです。

スターバックスのテーブルにはこんな小さなカードが置かれていました。




アムステルダムのホームレスを支援するための寄付を呼び掛けるものでした。このStreetsmartという運動に参加しているレストランやカフェでは、会計に1ユーロの寄付を追加してよいか聞かれます。会計時に寄付を一緒に集めるというのはとても手軽です。

気が付けばこの日の朝はたくさんのチャリティに囲まれていました。チャリティ、ボランティア、慈善活動、寄付、何となく崇高な活動としてがんばらなくてはならないようなイメージがあったのですが、それは違うと思います。もっと気軽で、楽しみながらするもので、子どもだってできること、それをそのまま体験した朝でした。


野口由美子

2015年11月6日金曜日

難民問題、子供と私がヨーロッパにいて知ったこと

難民が押し寄せるヨーロッパ。日本にいたらヨーロッパはちょっと遠い世界、私もテレビや新聞の中でこのニュースを見るくらいだったと思います。

私は今オランダのアムステルダム近郊に住んでおり、
「 ニュースではよくドイツの難民受け入れ問題を取り上げているけど、オランダはどう?」
と日本の友人に聞かれました。

ヨーロッパに住んでいるといっても、私は一時的にいるだけの外国人に過ぎません。ヨーロッパ各国の国民とは生活も意識もだいぶ違います。そんな私にとって、ヨーロッパの難民問題はやはりニュースで見るもの、しかも、現地のテレビニュースや新聞を見ること自体少なく、遠い問題と感じていました。しかし、実は私の周りでも難民問題は至るところに存在していることに気づきました。 

近所に住んでいる難民

「以前、近所に難民の方が引っ越してきたことがあったの。うちの子と同世代の子供がいたけれど、その子は乗馬のレッスンを受けていたのよ。私びっくりしてしまったわ。難民として移り住んできた人はもっと貧しい生活しかできないと思っていたから。でも子供は乗馬を習うことだってできるの。なんて平等な国なのだろうと感心してしまった。」

オランダに長く住んでいる日本人の方からこのような話を聞きました。認定を受けた難民への生活保護はかなり充実しているそうです。生活保護というと最低限の保障というイメージがありましたが、最低限より手厚い保護になっているのです。

オランダは税金が高く、サラリーマンの所得税が大体50%、消費税はぜいたく品に対して21%、食料品等に対しては現在6%です。自動車取得税、ガソリン税も近隣諸国と比べて高く、オランダで多くの人が自動車より自転車に乗っている理由のひとつだと思います。一般のオランダ国民が高い税金を払い、倹約した生活を送っている一方で、難民等保護を受けている人がぜいたくな生活を送っている、というアンバランスに直面することもあるそうです。

身近な人も難民援助のボランティア 

「難民のソマリア人の母親にオランダ語を教えているのだけれど、彼女たちもオランダ語の発音が難しいようね。」

私が今レッスンを受けているオランダ語の先生は元小学校の先生です。現在は自分が勤めていた学校でオランダ語ができない親に対してオランダ語を教えるボランティアをしているそうです。難民の認定が得られると、オランダ語教育も受けることができます。こんな身近にいる人も難民を助けているのか、と難民問題が急に近くなりました。

子供が知る難民問題

「ママ、今日先生に渡した1ユーロはね、遠くから来て家も何もなくて困っている人に食べ物とかをあげるために使うんだって。その人たちは今まで住んでいた国には住めなくなってしまったんだって。すごく困っているから助けなくちゃいけないんだよ。」

 子供の学校では、難民救済のためのノンユニフォームデーがありました。ただ単に、生徒はいつもの制服ではなく、私服で学校に来るだけなのですが、制服を着ないことが許される代わりに、子供たちは1ユーロを持参します。そのお金を集めて、ユニセフに寄付します。4歳の娘は、どの服を着ていくか朝揉め続け、私は内心制服の方が楽でいいと思いながら、彼女に1ユーロを渡しました。4歳の子でも学校で寄付をしました。7歳の息子くらいになると、その1ユーロが何を意味したのか、学校の先生と話したことを彼なりに考えるようです。

助けるのは当たり前のこと

これだけ大規模の難民は、受け入れる社会にとっても負担が大きいので、とても難しい問題になっています。政治的、文化的にも複雑です。

しかし、ニュースで伝えられるような難しい問題である前に、日常生活の中で感じたことは、困っている人は助けるべきで、何ができるか行動し続けるのが当たり前、ということでした。ボランティアで言葉を教える、1ユーロを寄付する、どれも自然なこととしてなされていました。

そして、子供にとってもチャリティーが身近であること。これは私が一番取り入れていきたいと思いました。子供の学校では、ノンユニフォームデーの次に、難民にレインコートを寄付する運動が始まりました。そしてまた別のチャリティーイベントのお知らせもきています。当たり前のことを自然にできるのがチャリティーであることを子供と学びました。いろいろ難しいけれど、助けるのは当たり前、小さなことでも行動したいと思います。


口由美子


2015年11月4日水曜日

朝日新聞朝刊オピニオン面に記事が紹介されました

2015年11月3日火曜日の朝日新聞朝刊、オピニオン面(16面)に当ブログの記事が紹介されました。

「恰好だけでもイクメンを」というタイトルで朝日新聞デジタルでも配信されていますので、是非ご覧ください(記事を全文読むには無料登録が必要です)。

今回新聞で紹介されたのは「男性の育児休暇、イクメンって恰好だけ?」という記事でした。この記事は「母親は時間がなくて当たり前、ではない」というさらに以前投稿した記事に対してたくさんのコメントをいただき、それらに対する私なりの回答をひとつお伝えするつもりで書きました。

男性が育児休暇をほぼ全員(役員は取得していないので全員にはならないそうです)取得するというのは、私が所属する日本の会社の話ですので、男性の育児休暇は日本で定着してもおかしくないと思います。それですべてが解決するわけではありませんが、赤ちゃんをめぐる環境は今よりよくなると考えています。

多くのコメントはハフィントンポスト(当ブログの記事はハフィントンポストに掲載されているものもあります)のFacebookページからいただきました。ヨーロッパの端っこに住んでいながらも、いろいろな方からご意見をいただけるのはとても素晴らしいことです。たくさんのことに気づかされ、考えさせられました。ありがとうございます。

親のライフスタイル、子供の教育、私の好きな食べ物や絵本のこと。まだまだ取り上げてみたいことがたくさんあります。

どうぞこれからもよろしくお願いします。


野口由美子


2015年10月30日金曜日

お母さんの味を見つける   イギリスのお庭のリンゴでつくるアップルクランブル(Apple and Blackberry Crumble)

国や文化が違えば食文化もいろいろ。でもお母さんにはみんな、そのお母さんの味があります。海外で子供が喜ぶお母さんの味を教えてもらいました。


あるイギリス人女性の「お母さんの味」

私がロンドンに住んでいた時、ひとりのイギリス人のお母さんと仲良くなりました。その方はお菓子を焼くのがとても上手で、いろいろなイギリスのお菓子を教えてくれました。その中のひとつが、アップルクランブルで彼女自身が子供時代によく食べていた懐かしの味だそうです。

「家の庭にリンゴの木があって秋になるとたくさんリンゴがとれるのよ。リンゴは好きだったけれど、あんなにたくさんのリンゴを家族で食べるのは大変だったわよね。だから私の母はよくリンゴのお菓子も焼いてくれて。リンゴとブラックベリーのクランブルは一番好きだった。ブラックベリーも庭でとれたものを使うのだけれど、夏にとったものを冷凍しておいていつも使っていたわ。」

「クランブルって戦時中のバターや小麦があまりなかった時代にパイの代わりとして作られるようになったものだけれど、パイよりも簡単だし、今は立派なデザートとして人気があるわね。私の子供はアイスクリームと一緒に食べるのが好きだし、私の夫は断然、カスタードクリームね。」

そんな話をしてくれました。イギリスは正直言って食文化があまり豊かとは言えませんが、お母さんの懐かしの味は話が盛り上がりました。


お母さんのアップルクランブルはどんな味?

彼女のお母さんの味、私も時々作るようになりました。果物の優しい味とクランブルのサクサクした食感、温かいクランブルに冷たいクリームという組み合わせが絶妙です。彼女のレシピを少しだけ日本人向けにアレンジしてみたら子供たちも大好きになりました。

リンゴは、イギリスでは酸味の強いリンゴを使うことが多いようですが、私はフジリンゴで作っています。普通の砂糖より粗糖を使うとサクサクした食感が楽しめるのでおすすめです。食べ方も、私にはカスタードでは甘すぎるので、クレームフレーシュと一緒に食べるのが好きです。これはサワークリームの一種で日本ではあまり一般的ではないかもしれません。クランブル自体砂糖をだいぶ減らしているので、アイスクリームで試してみるといいかもしれません。最後にレシピを載せましたので是非作ってみてください。

私は先日も子供と一緒に作ってみました。

材料を切ります。


バターと小麦粉を混ぜてクランブル生地を作ります。この混ぜ方はイギリスのお菓子のレシピにはよく出てきます。

焼き上がり。表面がゴールデンブラウンになるまで焼きます。

お皿にとりわけてクレームフレーシュを添えました。

材料はシンプル、作り方も簡単で、お母さんの味はやさしいです。



アップルクランブルのレシピ

材料:
リンゴ 700g
シナモンパウダー 小さじ1
水 大さじ2
ブラックベリー 50g100g

無塩バター 75g
小麦粉 125g
ベーキングパウダー 小さじ1/2
粗糖  55g
ピーカンナッツ 75g

作り方:
1.      リンゴは皮をむいて薄くスライスし、シナモンパウダーと水とともに鍋に入れ、ふたをして火にかける。
2.      中火くらいで数分間、リンゴが柔らかくなるまで煮る。
3.      バターは冷蔵庫から出したらすぐにさいの目に切り、小麦粉とベーキングパウダーと一緒にボールに入れる。
4.      バターを指でつぶしながら小麦粉と混ぜ、荒いパン粉のようになるまで細かくつぶす(子供が作っている写真が参考になるでしょうか)。
5.      4のボールに粗糖と荒く刻んだピーカンナッツを加えて混ぜる。
6.      オーブン用の深皿にリンゴを敷き、その上にブラックベリーをまんべんなくのせる。
7.      さらに5を全体にまんべんなくかける。
8.      180度に熱したオーブンで30分程度焼く。
9.      お好みで生クリーム、アイスクリーム、カスタード、クレームフレーシュを添える。


野口由美子 

2015年10月24日土曜日

男性の育児休暇、イクメンって恰好だけ?

お母さんはがんばっていて当たり前。赤ちゃんの世話に追われて時間がないのも仕方がないこと。私も母親とはそういうものだと思っていました。確かにそんなお母さんは立派だけれど、本当にここまでがんばっていなければならないのだろうか、親が立派でなくても子供に笑顔でいられる余裕があった方が、子供も幸せなのではないか。

ただの一人の母親に過ぎない私が海外で思ったことに対して、いろいろな方の意見を聞いてみたいという思いがあり、「母親は時間がなくて当たり前、ではない」というタイトルの記事を書きました。実際、記事に対して、いろいろ考えさせられるコメントをいただきました。



日本とオランダ、父親の立場が全く違った

この記事は母親に焦点を当てていましたが、実は父親の扱いが問題でした。


私はオランダの育児ガイドを記事で引用しましたが、引用箇所だけでなくさらに読み進めると、ここで自分の時間を持つことが必要と呼びかけられている「あなた」は、母親だけでなくパートナー、父親も含まれていることに気づきます。母親と父親両方が少しの時間でも子供を預けてリフレッシュする時間を持ちましょう、というのが育児ガイドの内容でした。父親も母親同様に赤ちゃんの世話に追われていて大変、という前提があるのです。

これは日本の状況とちょっと違う、と私は考えました。海外の話を紹介しても日本と状況が違って参考にならない、と言われては面白くないので、私は自分の経験を持ち出して、オランダの育児ガイドから離れた自分の意見を入れることにしました。

赤ちゃんの世話を父親に見てもらって、母親も少しリフレッシュするのはいいことではないでしょうか。


やっぱり父親は仕事?

日本では父親の育児参加がこれからもっと増えていく段階ではないだろうか、と私が思ったので、このような意見発信をしました。この意見に対して、違う認識の意見をいただけたら父親の子育て参加は進んでいることになるだろうという期待もありました。

父親は母親と育児を一緒にする立場なのだから、母親が父親に頼む、という感覚自体がおかしいのではないか
というコメントをいただきました。もっともな意見です。このような考え方こそが当たり前であってほしいと思いました。

しかし、いただいた他のコメントを拝見していると、父親が一緒に育児をする立場にいるというよりは、
父親は仕事が忙しくて育児に関われない
という現状であり、赤ちゃんをめぐる環境をよりつらくしているように感じられました。父親は仕事に追われ、母親は育児に追われ、私の想像以上に家庭は孤独であったようです。


父親の育児休暇が当たり前だったら

私が所属している会社では男性の育児休暇取得率が高いそうです。ここ数年ではほとんどの男性社員が取得しているとのことでした。弊社男性社員の育児休暇は、大抵の場合数週間から数か月、完全に休暇を取るというより週の半分くらいは仕事をするというパターンもあるようです。

ちょうど子育て世代の社員が多いベンチャー企業なので高い取得率が実現できているのかもしれません。しかし、仕事そのものというより企業文化次第で、意外と育児休暇の定着するのではないかと思います。

正直なところ、この話を聞いた時私は特に何も思いませんでした。所詮、子供が生まれてからの数週間だけ、夫が休暇を取ったからって数週間では子育てについて何も終わらないし、むしろそれで「イクメン」だと恰好だけになるのもかえって面倒、とさえ感じていました。

でも、今回記事を書いてみて、自分は間違っていたと考えるようになりました。赤ちゃんが生まれて数週間だけでも、仕事より赤ちゃんを優先できる生活を送ること自体、仕事に忙しい父親にとっては貴重な経験になるのではないでしょうか。育児に対する価値観を夫婦で共有できる機会になりますし、短期間でも家庭内が孤独でなくなります。

数週間の父親の休暇ですべてが解決されるわけではありません。でも、たとえ恰好だけであったとしても、いいきっかけにはなるのではないか、と考えるようになりました。そういうきっかけから、赤ちゃんをめぐる家庭や会社や、社会そのものが変わるかもしれないと。

父親も育児休暇を取って当たり前、というのはどうでしょうか。


野口由美子

2015年10月20日火曜日

マネしたくなる誕生日パーティー

5歳の誕生日をお祝いします!公園で宝さがしパーティーです。ぜひ来てね。

私が住んでいだイギリスでも今いるオランダでも、子どもの誕生日は一大イベントです。子どもが2, 3歳くらいからでしょうか、お友達をたくさん、15人、20人くらい呼んで盛大なパーティーを開きます。多くの子ども向け施設にはパーティープランがあります。アムステルダムだったら、乗馬クラブの乗馬パーティー、ゴッホ美術館が会場のアートパーティー、もありますし、自宅に手品や遊びをしてくれるエンターテイナーを呼ぶ、というやり方もあります。

家族だけ、もしくは親しい友達数人呼んで自宅で祝う誕生会を日本でやっていた私から見るとかなり派手です。子供にとって1年で一番大切な日、親はいろいろ趣向を凝らし、呼ばれる方もできるだけ都合をつけてプレゼント持参で駆けつけます。

いろいろな誕生日パーティーがあるのですが、先日下の子が出席した宝さがしパーティーは私の子どもが参加した誕生日パーティーの中で歴代1位のすばらしさでした。

公園中で遊ぶ手作りのパーティー 

まず、会場は学校の近くの普通の公園(アムステルダムにある普通の公園ですが3キロくらいのマラソンコースがありそうな広さです)。幸運にも晴天に恵まれました。

そして集まった子どもたちに誕生日の子のご両親が
「これからみんなが宝さがしのトレーニングをします!」

子どもたちは公園の至るところに準備されているゲームをします。魚釣り、迷路、的当て、といろいろなゲームに子どもたちが奮闘します。




そして子どもたちに、「ゲームをクリアした勇者たち!宝ものを見つけに行こう!」とご両親が声を掛けます。


公園の木に付けられている風船には宝物へのヒントがあり、それを辿って、最後に子どもたちは金貨(のチョコレート)がたくさん入ったバスケットを見つけました。 

この家族が本当にすごいところ

青空の下、全部手作りの誕生日パーティー。誕生日だった主役の子も含めて子どもたちみんな楽しそうでした。どこかのパーティープランを使えば、そこですべてを用意してもらえるのですが、あえて全部手作りで用意したこのご両親、準備はかなり大変だったはずです。

この誕生日パーティーを開いたご家族は、母親がオランダを代表するような大企業の重役をされていて、父親が主夫として普段は子どもの面倒をみています。母オランダ人、父ドイツ人、それぞれが母国語で子どもと会話し、平日校は英語教育となるので、3か国語習得が教育方針です。そしてお子さんは3か国をほぼ同等レベルで使っているようです。これはすごいことですが、子どもの言語能力が素晴らしいということだけではありません。父親と母親両方がたくさん子どもに話しかけている結果であり、それだけ子どもとのかかわりを大切にできている証です。

家族のかかわりと子どもの言語

 父親と母親の母国語がそれぞれ違う上に、学校で使う言語も別で、住んでいる国の言葉もまた違う、というご家族にお会いすると、大抵、子どもは学校生活が長くなるほど学校の言語が強くなり、母親が子どもに母国語を使っていれば第2言語が母親の母国語となり、父親の母国語の習得は遅れていく、もしくは諦めるということが多いです。平日父親と接する時間が少なく、自然に子どもが父親の話す言語を習得するのは難しくなっていくようです。

このお母さんは世界各国への出張も多いそうですが、平日学校の送り迎えに来ることもありますし、学校行事には必ず姿を見せます。この誕生日パーティーも夫婦2人で準備したそうです。勤務先の企業文化がワークライフバランスに配慮しているということもあるでしょう。こんな素敵な誕生日パーティーを開く家族、うらやましかったです。私もマネしてみたいと思いました。


野口由美子


2015年10月8日木曜日

なぜ運動会でダンスをするの?

今私が住んでいるオランダで現地の方と雑談していた時に、日本のダンスについて聞かれました。

日本ではみんなどんなダンスをするのかしら


ちょうど秋の運動会シーズン。私が真っ先に思いついたのは運動会のダンスでした。私自身、バレエに憧れる少女時代もありましたが、積極的にダンスをしたことがありません。そんな私でさえも、運動会のダンスは毎年たくさん練習した記憶があります。運動会の競技種目では全く目立つことのない私もダンスはみんなと同じように出番がありました。


私は日本の踊りとして、日本舞踊や盆踊りを紹介した後、日本の運動会のダンスの話をしてみました。一番驚かれたのは、


子供たちがみんな同じ振り付けを練習して踊る


ということでした。ダンスは体の動きで自分の感情を表現するものじゃない?、と不思議そうでした。

運動会のダンスって何だろう

確かにダンスは表現のひとつですが、学校のダンスで自分の感情を表現しているという実感は、私には一度もありませんでした。もしかしたら学校の先生は、そこに感情表現を求めていたのかもしれませんが、いつも先生に言われていたことは「みんな同じようにもっと腕を上げて」「周りをよく見て等間隔で並びなさい」と自分を全体に合わせることでした。先生と同じ動きができるように、みんなの息が合うように、きれいに踊ることが目標だと思っていました。

運動会のダンスでは地道に繰り返し練習することの大切さ、とか、練習の成果を発表して(私のように競技で1位になれない子供でも)自信を持つ、とか、全員が協調し団結することを学んできたのではないかと思います。

みんな同じ、という価値観

運動会のダンスだけでなく、これは日本の学校教育にあるひとつの価値観だと思います。小学校に入ると、みんな一緒に授業を受けて、同じ勉強をします。

ヨーロッパでいろいろな学校の話を聞いていると、このスタイルは当たり前のものではないかもしれないと思うようになりました。クラスを理解度別グループに分けて授業を進めるとか、一斉授業は最小限にして個々で進める学習が中心とか、子供の個性に合わせる形をとることが多いようです。


日本でもいろいろなスタイルで授業を行う学校が以前より増えてきているかもしれませんが、大多数の子供たちは黒板を前に机を並べて、先生の授業をみんな一緒に聞いているのではないでしょうか。

日本のようにクラス全員が一律に同じ授業を受けていると、よくできる子はほかの子ができるまで待たなくてはならず、授業時間を無駄にしています。みんなより理解が遅れてしまった子は逆に待ってもらえず、授業についていけなくなることもあります。創造性や個性を伸ばせないという観点からも、日本の教育スタイルはいろいろ批判もされていると思います。確かに日本の教育スタイルももっと変わっていいのかもしれません。

日本の教育スタイルと生産性

私はマーガレット・へファーマン氏による組織の生産性についてのレクチャーを思い出していました。そこで彼女が紹介していた実験によると、生産性の高い組織に能力が突出して高い人物は不要で、その代わり以下の3つの要因が必要なのだそうです
  1. メンバーがお互いを認め合い、尊重していること
  2. 誰かが議論を独占したり、傍観したりせず、メンバーが協調していること
  3. 女性メンバーが多いこと
実際のレクチャーでは3点目の女性メンバーが多いというところで拍手が沸き起こっていましたが、その他の2点は日本の教育スタイルに合っているように思いました。運動会のダンスでは全員ができるように練習しますし、それには子供同士の協調が必要となります。

教育は生産性だけの問題ではありませんが、みんなが協力して大きな力が発揮できる、そんな日本の運動会はやはり大切な行事だと思います。自分が日本を離れて、ますます日本の良さを感じています。


野口由美子

2015年10月2日金曜日

母親は時間がなくて当たり前、ではない

「初めての赤ちゃんが生まれると、あなたの生活は完全に変わります。・・・赤ちゃんの世話はとても大変で、自分の時間が全く持てなくなってしまったかのように思えることもあるでしょう。・・・もちろん、だからといって自分が楽しんでいたことを全部あきらめなくてはならないわけではありません。」 
(引用: Growth Guide ages 0-4

生後3ヶ月までに赤ちゃんを人に預けなさい?

最初に紹介した文章はオランダの子供の成長に関するガイドブックに書かれている内容です。私が今住んでいるオランダでは4歳までの子供を持つ親にこのガイドブックが渡されます。健診の時には子供の成長を記録し、子供の成長についての説明や親のためのヒントも載っています。私のようにオランダ語のできない外国人のために、英語版も用意されています。日本の母子手帳のようなものといえます。赤ちゃんの誕生から生後3ヶ月までについて書かれた最初の章に、冒頭で紹介した内容が書かれていました。

行き詰まるママと余裕があるママ

私が実際に初めて赤ちゃんが生まれてからは毎日余裕がなく、自分の時間どころではありませんでした。1人目の子供が産まれた時は、すべてが初めてでよくわからないことの連続です。母乳をあげなくては、よく眠らせなくては、体をきれいにしなくては、とやらなくてはならないことがずっと続き、繰り返されます。そして赤ちゃんはよく泣きました。なぜ泣いているのかわからずおろおろすることも多く、私と赤ちゃん2人っきりの部屋で行き詰まっていたこともありました。

赤ちゃんの世話いくら大変でも、親(特に母親)はそれくらい我慢すべきで、赤ちゃん時代は短いのだから、つらくてもそれが後になればいい思い出になる、と当時の私は思っていました。私が特別というわけではなく、実際に自分がママなのだからがんばらなくてはならない、と自分に言い聞かせ、毎日睡眠不足で休む時間もない生活を送っている方もいると思います。

私は今住んでいるアムステルダム近郊で赤ちゃんを持つお母さんにもよく会いますが、当時の私より余裕がある雰囲気です。赤ちゃんも穏やかで、大泣きするところを想像できず、この赤ちゃんが泣き止まないことなんてあるのかしら、と思ってしまいます。もちろん実際には夜中に泣き止まなくて困ってしまったわ、という話をその方から聞くことになるのですが、その話ぶりからは、そういう日もあるわよね、くらいのおおらかな心持ちが感じられます。

助けてくれる人がいるから行き詰らない

毎日必死で新米ママをやっていた当時の私と、アムステルダムの新米ママの違いはどこにあるのだろう、と最初は不思議に思ったのですが、子供が生まれてからも自分の時間を少しでも持っていることが違うのではないか、という結論に至りました。先に紹介したオランダの母子手帳では、ほんの2、3時間でも自分の時間を持てれば、気力も体力も回復して前向きに育児に取り組める、と自分の時間を持つことの重要性を説いています。

オランダ在住日本人の友人からこんな話を聞きました。彼女は生後1ヶ月の赤ちゃんともうすぐ3歳になる上の子を義理の母に預けて、夫婦で映画を観に行ったそうです。彼女は子供を預けると、外出先で子供のことばかり心配になって楽しめないと思っていたので、今まで子供を預けたことがありませんでした。今回初めて子供を預けて外出することをオランダ人の義理の母に話したら、義理の母は、下の子が生まれてから初めて、という意味だと思ったそうです。まさか上の子が生まれてから3年近くも、子供を預けて夫婦で出かけたことがないとは信じられなかったのです。子供が心配で外出が楽しめないと思っていた彼女もその時のことを楽しそうに私に話していました。子育てに余裕があるというのはこういうことなのだろう、と感じました。

海外で暮らしてみると、毎週子供を預けて夫婦で夜レストランに出かけるというのもめずらしい話ではなく、そういう親のライフスタイルは日本から見ると勝手すぎるように思えるかもしれません。でも、逆にこちらから日本を見てみると、親はこうあるべき、という要求がストイックで厳しすぎるように感じます。親だって、子供のことだけでなく、時には自分が楽しんでもいいんじゃない?、なんて言えないような雰囲気がありませんか。

ひとりでない子育てを始めるには

赤ちゃんの面倒を代わってみてくれる人はいますか。赤ちゃんの世話を他人に頼むことをためらう必要はない、とオランダの母子手帳には書かれていましたが、実際には、自分の赤ちゃんの面倒を頼むのは簡単なことではないかもしれません。それでも、思い切って相談できそうな人が1人くらい、思い当たりませんか。

私だったら、やはり子供の父親である夫が頼みやすいです。私は1度だけですが、夫から自分の時間をプレゼントされたことがありました。子供が生まれて初めての私の誕生日、夫は私を日帰り温泉の前で降ろし、3か月の赤ちゃんとドライブに出かけていきました。車に乗せて赤ちゃんが眠っている間を狙って、私はひとりで温泉に入っていました。当時の私にとって、その時の温泉は何よりの贅沢な時間となりました。今、子供たちはパパが大好きですが、私のこのひとり温泉が父子の時間の始まりだったと思うと、母親が赤ちゃんを預けるということは、母親の私だけでなく家族にとっていい経験だったと思います。


野口由美子

参考:GroeiGids (オランダの育児ガイド)



2015年9月28日月曜日

子供の教育、たくさんの選択肢に悩んでたどり着いた結論(わが子の学校紹介も兼ねて)

この投稿も自己紹介の続きのような形になりますが、今私の子供たちが通っている学校をご紹介したいと思います。子供たちの教育環境は少し特殊ですが、学校生活が楽しいようで親としてはほっとしています。でも、日本で当たり前に日本の学校教育を受けてきた私にとっては驚くことも多く、学校教育について考えさせられることが多くあります。

前回の自己紹介でも触れましたが、私たち家族はイギリスからオランダに引っ越してきたということもあり、現在子供たちはアムステルダムにあるブリティッシュ・スクールに通っています。

オランダに引っ越すにあたり、学校選びは最も重要な問題でした。選択肢は、
・公立インターナショナル・スクール
・私立インターナショナル・スクール
・ブリティッシュ・スクール
・日系幼稚園
・オランダの現地校
意外と多くありました。

しかし、言語が大きな問題です。オランダの公用語はオランダ語、私たち家族の第一言語はもちろん日本語ですが、子供たちは英語で教育を受けていました。イギリスで受けてきた英語での教育を継続するのが子供にも馴染みやすく、将来的にも英語を学ぶことが必要になるだろうという考えで、私立インターナショナル・スクールとブリティッシュ・スクールを子供と一緒に見学しました。

ブリティッシュ・スクールとインターナショナル・スクールは同じ英語が公用語の学校です。それなのに、教育方針、授業スタイル、学校の雰囲気もかなり違います。簡単にいうと、ブリティッシュ・スクールはお勉強しっかり、お行儀よく、という印象で、インターナショナル・スクールはのびのび、自由な個人が尊重されるという雰囲気が一般的なようです。

イギリスの現地校に初めて行った時、日本では年少さんだったうちの子が入るクラスでは、みんなが鉛筆でアルファベットを書く練習をしていました。私は、クレヨンでお絵描きばかりだった上の子との違いに驚きました。みんな先生の周りに座って先生の話を聞き、発言したいときは手を挙げて先生に指されるのを待ちます。日本だったら年少さんでもイギリスでは義務教育1年目に入ります。日本よりも早期教育が徹底していますが、座ってお話を静かに聞きましょうというスタイルなど、日本の学校に雰囲気が似ているように感じました。

インターナショナル・スクールを初めて見学した時は、年長さんのクラスを見学しましたが、授業なのか遊んでいるのか、みんな自由に動き回っていて、何をやっているのかすぐにはわかりませんでした。クラスの子たちが持っている紙を見せてもらって、ようやく、授業中であることがわかったくらいです。その紙には、同じ髪の色、目の色の子を探し、さらに同じ言語など文化やバックグラウンドが同じ子を探す表が印刷されていて、どうやら自分の所属するグループ、アイデンティティについて学んでいるようです。そこまで完全に理解できる子がクラスに何人いるかわかりませんが、難しい概念を遊びのような活動を通じて理解しようという素晴らしい授業内容でした。

結局、「ぼくはブリティッシュ・スクールに行きたい」という子供の一言で決めました。下の子は上の子と同じことがやりたい、というか自分も同じことができると信じて疑わないので、自然な成り行きで同じ学校に行くことになりました。オランダでイギリスの教育を受ける日本人、ちょっと珍しいパターンだと思いましたが、ここは外国人が多く、様々なバックグラウンドの子供がいろいろな教育を受けているので、特別視されることはありません。

ここまでお話ししていると私は英語教育に熱心人間と思われそうですが、もともと私は日本人学校推進派でした。ロンドンにもアムステルダムにも立派な日本人学校があります。イギリスの教育を受けさせることには反対していたのですが、夫の強い希望に折れ、子供自身もイギリスの現地校に行きたがるようになっていたので、最初は仕方なくという感じで、日本の小学校入学のタイミングで再検討したいと思っていました。

しかし、学校生活が始まってみると、私が学校を理解し、良い所だと思わないことには、学校生活で子供が得られるはずのものが得られないことに気づきました。それはもちろん私の子供がまだ小さいので、親が毎日の登下校、持ち物や宿題の面倒見ないと自分でできなかったから、ということもありましたが、それだけではありません。学校は、親のために学校生活についてのハンドブックを用意し、カリキュラムについて説明するミーティングを開き、勉強方法を紹介するワークショップを行う等、非常に積極的に親に学校を理解することを求めてきます。担任の先生とも気軽に話すことができ、宿題の狙いややり方など、私のようなイギリスの教育を全く知らない母親に対して、いろいろ教えてくれました。

学校の教育方針を知ると、子供が困っていることがあったらどのように助ければいいのかわかります。また、楽しんでやっていることに対しては、そこに学校がどのような狙いがあるのかわかるので、さらに子供のやる気を引き延ばしてやることができます。子供はたくさんの経験をして多くのことを学んできます。それがわかると、海外の学校もいいなと考えるようになりました。

保育園、幼稚園や学校選び、習い事一つとっても、いろいろな選択肢があります。さらに受験するとかしないとか、子供の教育をめぐる悩みはたくさんあります。いろいろな悩みについてまたこのブログでも触れていきたいと思いますが、ここで私が得た結論は、どこに行っても、親が教育方針を理解し、先生と信頼関係が築けないことには何も始まらないということです。現実には、地理的に遠くて通えないとか、学費といった経済的な問題や、試験や入学条件がクリアできなかったとか、いつもベストの選択ができるとは限りません。でも、ここは第一希望ではなかったし、あまり期待できそうもない、なんて始めから諦めてしまうのはもったいないです。まずは親が理解と信頼を大切にしていけたら、ベストでないと思っていた場所でも、子供は素晴らしい経験ができると思います。

野口由美子