2016年5月23日月曜日

この春、子どもたちに届いたものは?子どもの貧困に新しい取り組み

あなたを想う人は「ここにいるよ。」という気持ちが原動力の新事業

20156月に設立されたばかりの団体、子どもの貧困対策センター「あすのば」が、新しい取り組みを始めました。2016年春に新生活、入学を迎える貧困家庭の子どもたちに給付金を支給するという、入学・新生活応援給付金事業です。子どもの成長をみんなで祝う気持ち、あなたを想う人は「ここにいるよ。」という気持ちを給付金に込めて届けよう、というアイディアで事業は始まりました。

学生の街頭募金から始まった活動は大きな成果に

201511月から学生たちが主体となって、全国各地で街頭募金活動が始まりました。新聞、テレビやラジオなどのメディアでも取り上げられ、多くの方々から寄付が集まりました。ハフィントンポストの投稿記事に対しても多くのご賛同をいただきました。記事を執筆した私の予想以上に多くの応援コメント、子どもの貧困問題へのご意見をいただきました。ご支援いただき、ありがとうございました。

ハフィントンポスト日本版記事
最終的に、寄付金額は当初目標の600万円を大幅に上回り、798万円の寄付が集まりました。給付金は子どもの年齢に応じて一人3万円から5万円、当初計画の160人から募集人員を200人に増やすことができました。

給付金はどのように届けられたか

支給人数の増員が可能になったとはいえ、貧困世帯の子どもの数全体からすれば、支給人数は決して多くはありません。給付金申請者数は386名に上り、倍率は1.9倍にもなりました。選考委員会での対象者の選考は非常に難しいものになりましたが、198名に給付金を支給されました。

選考では、申請書類をもとに、申請者家庭の給与、手当、養育費などの収入と家賃や住宅ローン、未就労の子どもの数といった家計の負担が考慮されました。申請内容から、貧困家庭の状況を知ることにもなりました。

ある申請者からの電話

給付金の申請には、住民票、所得税非課税証明書の提出が必要でしたが、ある申請者の方は提出していませんでした。事務局から必要書類の提出をお願いしたところ、お母さんから電話がありました。

「給料日前で住民票、所得税非課税証明書の発行手数料600円が払えず、給料日まで待っていただけませんか。」

この方の年収は税込みで75万円、家賃が月25千円の公営住宅に子ども3人と暮らしています。この春に2人がそれぞれ高校入学、中学入学を迎えます。申請書にはこのように書かれていました。


母は介護施設で調理を担当し、パート勤務をしています。パートの収入と手当で3人の子供を育てているため経済的に厳しく、教育費も食費も大変です。今回2人の子供が入学するためその準備費用が出せない状態です。

このようなご家庭に、給付金がどれだけの助けになるか、たくさんの方々のあたたかい気持ちが届けられました。

お金で解決する問題ではない、という批判を超えて

このような事業に対しては批判もあります。

現金給付は支給目的通りに使われない可能性がある。効果がないのではないか。

現金給付にはそのような問題がつきものですが、日本のように物資の購入が容易な場合は、最も効率的な方法であるのも確かではないでしょうか。「あすのば」では、今回の給付対象世帯に直接訪問することを検討しています。貧困世帯の実態を知ることが目的ですが、その中で、給付金がどのように使われたかという点についてもフォローし、現金給付の制度自体もより効果的なものにできると考えています。

貧困家庭への経済的支援では、貧困の連鎖を断ち切れないのではないか。

貧困家庭の子どもは、大人になってからの収入も低くなる、という「貧困の連鎖」に対して、親の所得水準よりも、親の倫理観、教育に対する熱意が、子供の将来には大切ではないか、という意見があります。

確かに、親の考え方や価値観が子どもに与える影響は大きく、収入の多寡よりも子どもの学力や将来に影響を与えていると思います。高収入の家庭であっても、子どもが高い学力を身に付けられるとは限りません。しかし、たとえば、年収75万円で母親のパート収入だけで生活している家庭であったら、親が教育熱心になりたくてもなれないまま(もしくは、親が教育に対する理解を深めることもできないまま、という場合もあるでしょう)、学校生活に必要なお金を工面するのに精一杯なのではないでしょうか。

日本の子どもの教育費用は、家庭の負担割合が多く、教育にお金がかかります。奨学金制度の充実など、さまざまな提案はありますが、まだまだ時間がかかる問題です。制服代を期日までに支払うのにも苦労しているような、貧困の連鎖の中にある家庭の親に対して、子どもへの教育に対する熱心さが足りないと批判する前に、どの家庭の子どもも入学や新生活を喜べるように、手を差し伸べることが先なのではないでしょうか。

子どもの貧困、解決へはこれからです

「あすのば」では今回の入学・新生活応援給付金事業を通じて、貧困家庭の親や子どもたちの声に耳を傾け、新たな活動へとつなげていきます。4月には参議院厚生労働委員会にて、小河光治代表理事が参考人として意見陳述をしました。また、6月には設立1周年のつどいが開催されます。

今後の活動にも、皆さまの温かいご支援をよろしくお願いいたします。

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子どもの貧困対策センター「あすのば」
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野口由美子

2016年5月13日金曜日

テストの点数をほめてもダメ。ほめて伸ばす教育の誤解

私の息子が小学生になって、テストや成績表など、「点数」や「評価」を先生からもらってくるようになりました。

子どもを「ほめて」育てたい

「すごい!100点満点。よかったね。」
というようなことを言いながら、私はテストの答案を部屋に貼って、喜んだり、ほめたりしていました。なかなか100点は取れないようで、こういう時こそほめてあげよう、という心持ちでした。

「ほめて自信をつけてあげてください。」
よく聞く言葉です。自分もほめて育てたいと思っています。でも、私はその意味を間違って理解していました。

ほめるから、子どもができなくなる?

ある日、学校の面談で先生に、気になることがある、と言われました。先生は、授業中の子どもの様子をいろいろ教えてくれましたが、指摘は2点でした。

・わからないことを質問しようとしない
・間違えることを恐れているように見える

「今はそのことが学習到達度に直接影響ないかもしれないけれど、わからないところを質問することや間違いから学ぶことができるようになってほしいのです。先生はいつも助けるためにいるのだから。」

どうしてだろう、と私は考え込んでしまいました。息子の性格が影響しているかもしれません。でも、それだけではなく、私がそういうふうに仕向けている部分があったのでは、という気がしてなりませんでした。友達のお母さんに言われたことを思い出していたからです。

「自分の子どもが1番だって、ほめるのは好きじゃないのよ。だって、結局他の子と競争して勝たないといけなくなるじゃない?別に1番じゃなくてもいいはずじゃない?みんなそれぞれ違うのだから。その子自身の努力や成長を見てあげたいと思う。」

ほめて育てる、というつもりで、私は結果をほめていました。何ができたかをほめていて、結局、子どもも大人も結果ばかりを気にするようになっていたのかもしれません。わからなくなったり、間違ったりするのはよくないこと、と子どもが自然に考えるようになったのではないか、と思いました。

結果ではない、プロセス重視

私は、良くても悪くても、テストの点数の話は控え目にすることにしました。それよりも、どれだけがんばったか、チャレンジしたか、ということについて話すようにしました。

「こういう問題はやったことなかったよね。問題の意味が一回読んだだけでわかるのは、きっとこの前たくさん文章題をやったからだね。」

「たくさん漢字を使って文が書けるようになったね。でも、この漢字は使い方が違うから直しておこうね。この漢字はもう一度練習したら次は使えるようになると思うよ。」

結果ほめるのより大変です。ほめることは、ただ点数を確認するような簡単なことではないことにようやく気付きました。プロセスをほめるには子どもが何を考えてどうやったのかという過程を知らないといけません。子どもの学習への関わり方がより深くなりました。

プロセス重視で宿題に取り組む

先生もサポートしてくれました。うちの子が毎朝早く登校することを利用して、他の子が来るまでの5分を宿題の質問時間に使う提案してくれました。

息子は最初のうち、先生に質問することをすごく嫌がり、
「やるのを忘れた。」
「先生が忙しそうでできなかった。」
と言い訳ばかりで、なかなか自分から聞きに行うとしませんでした。しかし、徐々に、質問をすると宿題がはかどることに気づき始め、いつの間にか、自分から宿題を先生の所へ持って行くようになりました。自分から何がわからないのか質問できるようになると、理解が早くなると実感したようです。

息子はこれまで、宿題がわからないと投げ出して諦めてしまうことが多かったのに、自分で考えたり、質問したり、少しずつ積極的に取り組むようになってきました。

賢い子、でなくて、チャレンジする子に

「賢い」「頭がいい」とほめられていると、子どもは難しい問題にぶつかったり、間違えるたりすることはよくないこと、と恐れるようになるようです。賢ければ、つまずくことはないからです。そして実際につまずくとそこで「自分はダメだ」と挫折してしまうそうです。

そうではなく、「できなくても諦めなかったから」「難しくても挑戦したから」というふうに子ども自身が努力したからできるようになる、というイメージを持つと、つまずいてもチャレンジを続けることができます。

テストや受験。勉強には点数がつきものです。学校のテストはちゃんとできなくてはダメ、間違えてしまったら残念、と思っていました。でも、それだけでは限界があるようです。私はようやく気付きました。 

2016年5月4日水曜日

物よりも、言葉よりも、うれしい母の日のプレゼント

母の日を今週末に控えたある日の朝。学校で子どもからすてきなプレゼントをもらいました。

お母さんにマッサージしてあげる!

Mother's Day Massage
朝の30分、教室で子どもがお母さんとマッサージをするというイベントです。

教室内にはヒーリングミュージックがかかり、アロマキャンドルが灯されました。お母さんが座って、一緒に目を閉じて深呼吸をします。そして、子どもたちが一生懸命マッサージを始めます。先生のお手本に従って、背中、首、肩、腕、手、と順番にやっていきます。



「背中に小さなハートを描きましょう。次は大きなハート。」
先生の呼びかけに合わせて小さな手のひらが背中を撫でてくれます。
「熊が背中を歩きますよ。」
子どもの手が背中のあちこちを優しく押します。
「みんなが好きなマッサージをしてあげましょう。頭をシャンプーします。」
両手の指で頭がぎゅっぎゅっと押されました。
「手のひらをうさぎがジャンプ。」
小さな親指で手のひらの真ん中を押してくれました。



次は交代して、お母さんが子どもに同じようにマッサージをします。子どもたちはくすぐったがるのかと思ったのですが、意外と気持ちがいいようです。

お母さんたちはみんな大喜びで、朝の時間は終わりました。

ふれあうことで伝わる気持ち

子どもの学校では毎週マッサージの時間があります。普段は子ども同士がペアになってやるそうです。子供向けの学校カリキュラムとしてイギリスなどで普及しているプログラムで、スウェーデンのマッサージの手法を取り入れた内容になっています(Masssage in Schools Programme)。

マッサージによって、体が健康になることより、むしろ、相手を思いやり、優しく接する気持ちを高める目的があります。いじめ防止のために取り組んでいる場合もあるようです。

この朝のマッサージには、物や言葉よりも、もっとダイレクトに子どもの気持ちが伝わってくるように感じました。赤ちゃんの時よりスキンシップが減ってきていましたが、ふれあうことで感じる愛情を大切にしたいと改めて思います。

母と子でマッサージ、すてきな時間になりました(ちなみに、学校では、来月の父の日にも同じマッサージのイベントがあります。お父さんも是非)。


野口由美子