2018年1月29日月曜日

「もっと受験勉強したかった。」私が子どもの貧困当事者として声を上げる理由

2017年12月、子どもの貧困対策センター公益財団法人あすのばが開催した「第3回あすのば全国集会」にて、子どもの貧困当事者として壇上に立った若者たちの中に、深堀麻菜香さん(19歳)の姿がありました。


第3回あすのば全国集会にて(中央が深堀さん)

深堀さんは、小学校時代から母親と妹2人の4人暮らし。北海道札幌市に住む深堀さんたちを残し、父親は本州に出稼ぎをしていましたが、だんだん仕送りが滞るようになり、母親のパート収入だけの生活になりました。

深堀さんは、

「がんばりたくてもがんばる機会が奪われてしまう。本当はもっと勉強したかったと思っている。」

と自身の経験を語ります。


パネルディスカッションのパネラーとして発言する深堀さん





受験勉強よりも生活保護者向けの部屋探し


--深堀さんが中学3年生の時、父親との音信が途絶え、夏から生活保護を受け始めたそうですが、3年生は受験もありますよね。どうやって高校受験の準備をしましたか。

生活保護の家賃規定を満たすために、アパートを引っ越さなくてはなりませんでした。引っ越し時期は私の中学卒業まで待ってもらえたのですが、物件探しが大変でした。仕事をしている母だけで部屋を探すことは難しかったので、私も学校帰りに週3で不動産屋に行き、母と一緒に物件を探していました。

高校受験のために勉強しないとマズイと思ったけれど、住むところがなくなったら困るので必死でした。ちゃんと受験勉強ができたのは試験前の1週間だけ。本当はもっと受験勉強したかったです。勉強したくても自分は諦めるしかありませんでした。


自分は周りの子と違う、貧しさを隠していた中学時代


--中学時代は大変だったのですね。いつ頃から、そういう大変さを感じるようになりましたか。

小学校高学年だったある日、家に帰ったら電気もガスも止まっていました。暗くて寒い部屋の中で、母が帰ってくるまで妹たちと布団をかぶって待ちました。当時の私はこういうことって普通に誰にでもあることだと思っていました。

でも、だんだんと、違う、うちは普通じゃないんだ、と気づきました。自分の家庭環境のことは周りの人に言わない方がいいのかな、と思って、父親がいないことも絶対言わないようにしていました。


「苦しさ」は人と比べなくていい


--今の深堀さんは自分の経験や考えを大勢の人の前で話しているのですよね。何かきっかけがあったのですか。

高校2年の夏に、「あすのば合宿ミーティング」に参加しました。合宿では全国のひとり親家庭や児童養護施設などで育ってきた人たちが全国から集まります。合宿の参加者たちは、東日本大震災での被害、病院の隔離病棟での生活や長期間のひきこもりなど、自分よりももっと壮絶な苦しい人生を送っていました。自分の苦労なんて他の人に比べたら全然大したことない、と恥ずかしかくなり、自分のことを話せないでいました。

そんな自分の気持ちを、合宿に来ていた内山田のぞみさんに打ち明けた時、こう言われたのです。

「自分が苦しいと思ったら、苦しいんだよ。苦しさを他の人と比べなくてもいいんだよ。」

私はこの時初めて、自分も苦しかったんだ、と隠し続けていた自分の気持ちを理解できました。自分は普通だと思いたい。表面的な言葉でごまかしたり、洋服や持ち物で見た目を取り繕ったりしていたけど、ありのままの自分でいいんだ、と思えるようになって、人前で自分のことを話せるようになったのです。

初めて人の前に立って話したのは、高校2年の時の「第1回あすのば全国集会」でした。すごく緊張してしまって、思うように話せなかったのですが、聴衆のみなさんが真剣に聞いてくれているのがすごくわかりました。声に出せば耳を傾けてくれる大人がいるんだ、と実感したのです。それから、子どもの貧困の当事者として、自分の声を発信していきたいと思うようになりました。


札幌市で募金活動を行う深堀さん(左端)1



人を助けることは誰でもできる


--自分自身も子どもの貧困の当事者だったのに、保育のボランティアに参加したり、学習支援団体で勉強を教えたり、ずっと支援側として活動してきたそうですね。どうしてそういう活動に参加しようと思ったのですか。

私は小学1年生の時から学童でとても仲のいい友達がいました。中学生になって、彼女は上級生から嫌がらせを受けたのがきっかけで、学校に来られなくなりました。

私は学校で配られたプリントを彼女の家まで届けました。彼女は帽子を目深にかぶって私と目も合わせられなくなっていました。私はただプリントを手渡すことしかできませんでした。

それから私は、毎日学校帰りに彼女の家に寄ることにしたんです。しつこく通い続けました。そうしているうちに、少しずつ言葉を交わせるようになって、冬になると、

「外は寒いから家に上がれば。」

と家に入れてもらえるようになったのです。リビングでおしゃべりしたり、インターネットの動画を一緒に観たり。特別なことをしていたわけではありません。支援しようとか思ってもいませんでした。でも、彼女が変わっていったんです。

中学3年生になって、彼女は保健室登校ができるようになっていました。そして、本人の口から、

「高校受験したい。」

と言ったそうです。彼女は札幌市の単位制高校に進学できました。高校では彼女が生徒会をやっていると知った時は本当にびっくりしました。

この時私は思ったんです。人を助けることは誰でもできる。支援のための知識や勉強もすばらしいけれど、知識だけではなく、人と人との関わり合い、自分の肌感覚を大切にした支援のかたちがあるはず、と。


札幌市で募金活動を行う深堀さん 2


--その考え方は自分の進路にも影響しているのですね。

私は今奨学金を受け、一人暮らしをしながら大学に通っています。大学ではデザインやITに興味があって、コンピュータ分野の勉強をしています。

周囲の人たちからは、社会福祉や教育を勉強しないの?とよく不思議がられます。でも知識も何もなく、自分の家の貧困で悩んでいた中学生の私にだって、人を助けることができた。福祉や教育の勉強をした専門家だけでなくて、もっといろいろな分野の人が関わって、さまざまな視点から問題を見て考えたい、行動につなげていきたい、と思っています。

「お金がないから自分には無理。」
「どうせがんばってもダメだろう。」

お金がないことを理由にあきらめないでほしい。私があきらめた分まで、ほかの子たちにはいろんなことに挑戦してほしい。他の子たちがあきらめなくて済むように、私ができることをこれからもっと考えていきたいと思います。

(写真出典: 子どもの貧困対策センターあすのば Facebookページ


聞き手・野口由美子

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