2018年5月3日木曜日

先生ではないけれど、頼れる人

娘が小学校1年生になり、日本語補習校で入学式がありました。

校長先生や来賓の方からの挨拶があったり、校歌を歌ったり、日本の小学校そのままのような入学式を経験できました。娘は、壇上に上がった担任の先生から名前を呼ばれ、緊張した面持ちで

「はい。」

と返事していました。子どもたちが平日通っている学校では、入学式といった行事はなく、子どもの成長の節目に盛大な式を開かれるのはやはりうれしいものです。


初日からトラブル?


補習校は土曜日だけの学校です。授業日数が少ないので、入学式が終わると保護者は先に帰り、午後から早速授業が始まります。親子で体育館から教室に入りました。

初日からちょっと大変ですが、補習校の年長さんクラスに参加していた娘にとっては、すべてが初めて、というわけではありません。1年生のクラスには、年長クラスで仲の良かった子もいるし、ひらがなもすでに習っているし、自信を持って1年生が始められるはず、と願いながら、私が教室から出て行こうとした時です。

娘に呼び止められました。

「ママ、お腹が痛い。」

見ると、娘はお腹が本当に痛い時の顔ではありません。痛いというより、不安な顔です。

やっぱりきたか、と思いました。成長するにつれ、新しい環境が大きなハードルと感じるようになってきた娘なので、万全の準備ができたと親は思っていても、本人は不安になってしまっているようです。

「お腹が痛いの? どのあたりが痛い? それはつらいよね、どうしようか。」

というようなことを言いながら、本当にどうしたものかと困っていました。教室にいる先生を見ると、他の子どもたちに囲まれてすでに慌ただしい様子です。先生に頼れる状況ではなさそうなので、私がこの場で治してあげなくてはなりません。

私はある人のことが思い浮かびました。

「絶対すぐに戻ってくるから。ちょっとだけ、待っていて。」


子ども用の薬の中身


私は事務室に駆け込みました。

「お忙しいところすみません。ここに常備薬ありませんか。」

私は事務の方に頼ろうと思ったのでした。私が保護者会役員をやっていた時によく助けてくれていた、保護者にも気配りしてくれる女性です。ビオフェルミンでも分けてもらえれば、それが薬として効くというより、娘へのおまじないになるのではないかと思いました。

「そういう物はここには置いていないんですよね。どうかしたのですか。」

頼みの綱が切れた気分でしたが、私は事情を説明しました。

「子どもの病気というわけではなくて、ただ気持ちを和らげたいんです。事務の仕事と全く関係ない個人の相談事ですみません。」

「そういうことなら、これはどうでしょうかね。」

事務の女性は、給湯室に私を連れて行きカップに白湯を入れ砂糖を少しだけ混ぜました。

「オランダの薬を溶かしてもらったって言って、あげてみたらどうですか。あまり味がしないかもしれないけれど、ちょっと甘い子ども用の薬が溶いてあるよって感じで言ってみたらいいかもしれないですよ。」

私はカップを持って急いで教室に戻りました。


「薬」の効き目


この「薬」はすごく効きました。

その日、娘は無事最後まで授業を受け、家に帰ってくるなり、

「ママ、今日1年生の教科書もらったよ! 見て、こんなにたくさん!」

と教科書を部屋に広げだしました。


真新しい教科書をもらい、娘はうれしかったようです。


「お腹痛かったのは治った?」

私が言った言葉に一瞬はっとした娘の表情を見逃しませんでした。すでにお腹が痛かったことも忘れていたようです。


小さな優しさの積み重ね


私たち家族以外、誰も気が付かなかったであろう、ほんの小さな出来事に過ぎません。

子どものフォローは親の責任、教室内では先生の責任、という話になるものですが、先生だけでなく、他の人も子どもに手を差し伸べてくれると思うととても心強く感じました。

実は、この翌週も娘は学校でお腹が痛くなるのですが(授業中に娘が発症し、その後クラス全員のお腹が痛くなったそうで、全員で白湯を飲んだと先生から聞きました)、そんなちょっと困ったことでさえ、人の優しさを知る機会になっています。


野口由美子


0 件のコメント:

コメントを投稿