2018年12月7日金曜日

一時帰国中に小学校へ体験入学、最初に驚いたこと

我が家の海外生活も6年目、子どもたちは日本の小学校に行ったことがありませんでしたが、ついに今回の一時帰国中、小学校に体験入学しました。

我が家の場合、いつかは日本の学校に通うことになるので、早いうちに少しでも日本の学校を知っておいた方が本人たちの負担も減るだろうと思ったからです。海外生活も長くなると、子どもたちの年齢も高くなり、柔軟な子どもといっても、違う環境に適応していくのは苦労するものです。

海外生活を始めた時よりも日本に帰った時の方が、子どもが困難に直面することになるのではないかと私は心配していました。いきなり違う環境に放り込まれるより、できれば少しずつ知って慣れていけるのがベストではないかと思いました。


日本の小学校に行ってみたい


毎週土曜日の補習校も日本の小学校に近い授業スタイルを経験する機会になっていましたし、子どもが好きなドラえもんも日本の学校生活を知る情報源になりました。

「学校ではトウバンの子がランチを配るんだね。」

「宿題って毎日出るのかな。」

子どもたちにとっては新鮮なようでした。日本に憧れる子どもたち、

「日本の学校に行ってみたい!」

と言ってくれて、事前準備はバッチリだったと思います。


一時帰国中の体験入学、ではない「就学」の条件


私の子どもたちがお世話になる小学校では、「体験入学」という制度はなく、一時帰国中だけでも「就学」するという形をとっています。期間も最低3週間必要というルールもありますが、基本的には受け入れてもらえるようです。

受け入れてもらう小学校には帰国前の段階で連絡を取ることが必要でしたが、電話だけの連絡では足りないようで、私は義理の両親に頼んで、学校に説明を聞きに行ってもらいました。

海外の小学校に慣れきっていた私にとって、先生からの事前説明はいろいろ驚くことがありました。

「家から学校に子どもだけで通う、ということも学校生活の一部ですので、そのことも理解してください。」

自治体によっては、一時帰国中の子の場合は、親の送迎を学校から依頼されることもあると聞いていたのですが、子どもの行く学校では「できるだけ子どもだけで学校に行けるようになってほしい」ということでした(ただ、区に提出する書類には子どもの登下校の安全は親が配慮する、と明記されているのですが)。


1人で学校に行ける?


海外で小学生の子が1人で学校に行く国はなかなかありません。オランダでも(当然のこととして)少なくとも10歳くらいまでは大人が付き添って登下校します。

「ひとりで学校行ってみたい!」

と楽観的で乗り気な娘7歳と

「ぼくにGPS付けてくれないとダメだよ。迷子になっちゃうかもしれない。」

といろいろ悪い想像が膨らんで不安になる息子10歳と

「子どもだけで外を歩くなんて、大丈夫かな。」

とやっぱり不安な母、私。子どもたち自身が1人で行きたいと言うまで、登下校は付き添うつもりでいました。


子どもが不安? 親が不安?


登校初日、私も一緒に登校しました。

車や通行人が多い交差点には用務員の方や警察官が立っていますし、通勤がてら一緒に歩いている親もいました。不安だった私でも、

「これなら子どもだけで大丈夫だな。」

と思えました。

学校の帰りも、1年生は同じ方向の子が一緒に帰るように先生に指導されていて、上の学年になれば友達同士でつるんで帰っています。子どもたちも不安とか危ないとか思わないようです。

子どもたちは登校2日目で、早々に、

「友達が一緒だから、ママは学校に来なくていいよ。」

と言いました。

「本当? もういいの? 平気?」

いらないと言われているのに、繰り返して聞いてしまう私。やっぱり学校を出てママの顔が見えなかったら不安になるんじゃないかな、と勝手な心配をして、私は翌日3日目も校門から少し離れた所で、子どもたちが学校から出てくるのを待っていました。

まず、下校してきた娘が私に気づいた第一声、

「ママ、来なくていいって言ったじゃん!来ないで!」

いつでもどこでもママについて来て欲しがった娘の変わりようにびっくりしてしまいました。


ママよりお友達がいいようです



続いて門から出て来た息子。私と言葉を交わすのも恥ずかしいようで、逃げるように通り過ぎようとしました。それでも私が呼びかけてしまうと、

「ああ。ぼく行くから。」

友達と足早に去って行きました。

子どもたちはすっかり日本の登下校に慣れていましたが、私だけがまだ適応できていなかったのです(私の心配症はどこに行っても治らないかもしれませんが)。


当たり前の登下校も貴重な体験


せいぜい徒歩5分程度のことですが、子どもたちは、親なしで外を歩ける自由を満喫しているみたいです。それは、ここでは当たり前のことなのかもしれませんが、私たちにとってはすごいことです。

登下校ですでにこんな調子なので、たくさん違いに戸惑ったり驚いたりしています。いいとか悪いとか最初から決めつけずに、いろいろなことを体験していろいろなことを感じてほしいです(私自身も、ですね)。


野口由美子

2018年11月30日金曜日

10歳、大人の言うことを聞かないのはダメな子か

子どもは素直なのがいい、というのは確かですが、素直=大人の言うことをよく聞く子、という意味になっているんじゃないかな、と思うことがあります。

学校の「教育」は「大人の言うことをよく聞く子」を前提としているように感じていた私は、自分自身が子どもだった時も、自分の子どもが学校に行くようになった今も、もやもやした気持ちでいました。

自分を含め親や大人の言うことは絶対ではないし、子ども自身が思っていることや考えていることを、きちんと相手に伝えようとすること(最初からうまく伝えられないのは仕方ないとして)が「素直」なのではないかな、とぼんやり思っていました。


言うことを聞かない子どものための授業?


ある日、そのもやもやが吹き飛ばされました。息子が学校帰りに私にこんなことを言いました。

「ママ、僕ね、今クリティカルシンキングのクラスに入っているんだよ。このクラスは面白いね。」

「えっ?何?」

私は思いがけない単語が息子の口から出てきたのでびっくりしました。クリティカルシンキングって、今は小学生でも習うものなのでしょうか(息子の学校では、クラス全員対象の授業ではなく、一部の子ども向けの取り出し授業扱いのようで、必修ではないみたいです)。

私自身は、クリティカルシンキングという言葉とともにその思考法を教わったのは大学生の時でした。私は子どもの頃、ずっと反抗期だったうえに、何でも鵜呑みにするのが嫌い、一歩引いて考えるタイプで「ひねくれた子だ」と言われ続けてきましたが、そういった「ひねくれ」がついに認められたような気がしました。もっと早く誰かに教えてもらいたかった、と悔しかったのですが、本来勉強というのはそういう思考も要求されるはず、やっぱり大学生で教わるのは遅かったのかもしれません。


小学生に「ひねくれ」のススメ


でも、さすがに私も小学生相手に教えるのは難しいように思い、学校では先生がどうやって教えるのか、興味津々でした。

息子(本人なりに理解してきた範囲で)によると、クリティカルシンキングとは、

「考えることをあきらめないこと。」

なぜなら、

「先生だって間違えることがあるから。」

さすがに先生は、親も間違えることがある、とは言わなかったみたいです。

「なぜ空が青いのか、と質問するのもいいんだよ。」

当たり前に思えることでも、単なる思い込みかもしれない、間違いかもしれない。

「なぜそう思う?って考え続けるんだよ。」



息子が最近考えたクイズ(完全なオリジナルでなくて元ネタがありそうですが)。
数列の中に間違いがあるはず、という思い込みを利用したそうで、
正解はmistakeのスペルミス。

フェイクニュースの読み方も


授業では、先生は例として、だまし絵を子どもたちに見せたそうです(私の大学時代のテキストにもだまし絵が載っていたような気がします)。

ジャストローという精神分析医による「アヒルとウサギ」の絵です。


有名な絵なのでご存知の方も多いと思います。

「アヒルに見える人もいるし、ウサギに見える人もいる。見方によって違う動物になる。ものの見方はひとつとは決まってないよね。」

息子の説明はここまででしたが、言葉による意味づけをすると、ウサギとアヒルのどちらに見えるか誘導できるわけです。

同じ物事であっても、写真や映像をどのように撮影するかによって印象が全く変わってしまう、写真などを利用したフェイクニュースも紹介されたそうです。


反抗期が本格化する前に


学校でここまでやるなら、親もそのつもりでやっていくしかないな、と私も腹を括るような思いになりました。親の言うことも「批判」してみなさい、という心づもりで接していますが、今のところ、本気で話し合えば決裂することもないので、我が家の本当の反抗期はまだなのかもしれません。

でもやっぱり私自身、相変わらずひねくれているというか、自分が言うことを聞かない子だったと思うので、子どもの反抗的な態度を見ると応援したくなってしまいます。

「自分が考えていることを言ってごらん。」


野口由美子





2018年11月23日金曜日

お母さんからの小学社会科授業

先週の土曜日、補習校で私が社会の特別授業を担当してきました。なんで私が授業を!?と私も思いましたが、息子の担任の先生が、私が子どもの貧困対策センター公益財団法人あすのばについて記事を書いていることを見つけてくださり、頼まれたのでした。

対象は小学4年生から6年生。社会科の授業として30分の講演。内容は日本の子どもの貧困。

先生からは、日本語が第2言語の子が多いけれど、社会のことに関心が高いので、日本語レベルは下げずに、普通の小学生相手と思って話していい、と言われていましたが、相手はユニセフの子どもの幸福度ランキング1位のオランダで暮らしている子どもたち。全く実感がわかないのではないか、と不安もありました。

当事者でもなければ、第一線で活動しているわけでもない、なんでもないただの「お母さん」の私が何を話せばいいんだろう、と引き受けてからも困っていたのですが、私が「お母さん」だから話せることもあるのではないかと考えてみることにしました。

「こんにちは。〇〇(息子)くんのお母さんが、今日なんでここにいるかというと、先生から発表をしてくださいって宿題出されたんです。お母さんは「宿題やりなさい!」って言っているだけではないんですね、お母さんも宿題やってきました…。」

というような出だしで、ひとりのお母さんとして話しました。


「だれもがよりよく関わりあうために」という
小4国語の単元に合わせた内容にしました


話したポイントは以下のようなことです。


子どもの貧困ってどういうことか


貧困率の話を出しました。数字では子どもはイメージが湧かないだろうと思って「子どもの生活と声1500人アンケート」の一部を紹介したのですが、

「夜ご飯はインスタント食品やファーストフード。」

「習い事はあきらめた。」

という話はショックだったようでした。子どもたちの空気がさっと暗くなりました。聞いている子どもたちにとっては、親が用意してくれた夕食を家族揃って食べることや、自分のやりたい習い事をさせてもらうことは、すごく大切なようでした。お小遣いがもらえないとか、夏休みに出かけられないということよりもつらいことに感じたようです。


当事者の子どもってどんな子たちか


当事者の子どもたちは、いろいろなことをあきらめてがまんしている。でも、他の人から気づいてもらえないし、自分もあまり言いたくない。学校でも家でも居場所がなくて、ひとりぼっちだと感じている。

これも「1500人アンケート」の内容にあったことでしたが、そういう子どもの気持ちも紹介しました。

「ガリガリに痩せているわけでもなくて、パッと見た感じ普通だし、その子たちはがまんできているのだから、大丈夫、と放っておいていいのかな。それは違うって、お母さんは思ってます。子どもみんなが当たり前のことを当たり前にできていいはずだと思うんだ。」

「それはそうだ。」

という様子でうなずく子多数。そういう「あきらめ」を経験したことがない子どもたちばかりだったと思いますが、自分なりに考えながら聞いていることが伝わってきて、私は感激していました。


何ができるか


子どもたちは「支援」といったらどんなことをイメージするのか、私も興味があったので聞いてみました。最初は検討もつかない、という様子の子が多かったのですが、ちらほら手をあげる子が出てきました。

「ピアノとかサッカーとか、習い事をタダでできるようにしてあげたらいいと思います。」

「子どもに食事をあげる所を作るとか。」

無料塾や子ども食堂に近いアイディアが出ていました。さらに手をあげた子がいました。

「クリスマス会とか、一緒に祝うというのは?」

私が言いたかったことを先回りして答えてくれる子がいるんだと内心感心していました。私は、あすのばで開催している合宿キャンプの話をしました。

「一緒に過ごして遊んで、友達になって「ひとりぼっちじゃない」って思えると、明日からその子もがんばれるんだって。わかるような気がしない? みんなも同じじゃないかな。補習校で友達に会って一緒に勉強する仲間がいるから、勉強大変でも補習校がんばろうって思えるんじゃないかな。」

私自身、あすのばで教わってきたことですが、仲間がいることの大切さが聞いている子たちにも伝わったように思いました。それから最後に1つ、子どもたちにお願いをしました。

「本当に困っている子って、助けてとか、困ってますとか、言えないかもしれないって思うんだ。誰に助けてって言えばいいのかわからなかったり、助けてもらおうとすることも諦めてしまっていたりしているかもしれない。」

「みんな、オランダにいても日本にいても、どこにいても、時々自分の周りを見回してほしい。困っている子がいるかもしれない、と見てほしい。もし困っている子がいたら、最初に自分から声をかけて仲間になってあげる、そういう子になってほしいとお母さんは思っています。」

この場には私の息子もいましたが、自分の子にもこういう私の願いを直接話したことがありませんでした。子ども相手に「子どもの貧困」の話をするなんて、恥ずかしいと思っていました。でも、こういう機会をいただけてよかったです。私ももっと多くのことを学んで子どもたちに伝えていきたいと思いました。

野口由美子

2018年11月16日金曜日

小学生の英語教育がムダな理由?

先日、日本の言語学の先生とお会いする機会がありました。専門はバイリンガル教育、先生自身もアメリカでの生活が長く、海外で子育てを経験されてきたそうで、子どもの日本語英語教育に悩む私はもちろん、楽しみにしていました。

でもお聞きした話はちょっとショックでした。先生の主張は

「バイリンガルって、2ヶ国語を全く同等に使いこなせることを想像していませんか。それってムダだと思います。」

というものでした。


バイリンガル教育に否定的なのはなぜ?


バイリンガルというと確かに、2つの言語を同じように使いこなせる人を想像して、英語でできることは日本語でも(またはその逆も然り)、ということを思い描いていたわけですが

「ムダ。」

とバッサリ言われました。

そのような先生の考えの中心には

「生活言語と学習言語」

の問題があるそうです。

生活言語というのは、日常の生活の中で使われる言葉で、幼児がまず取得する遊び場の言語、日常会話です。たとえば、

「お家帰ろう。」

「イヤ。」

今公園にいるという場を共有していたり、ただイヤといえば、まだ遊びたいから帰りたくない、という意味だとわかります。そういう非言語情報と、会話する双方の理解が支えあって成立しています。言葉が拙くても、文法が間違っていても通じるものです。

それに対して、学習言語は学校で使う言葉、もっと高次の言語です。抽象的な概念の理解や論理的思考を要するものです。学習言語は、たとえば、教科書を読んで理解したり、物事を順序だてて説明したり、自分の考えやその理由を述べたり、思考するための言語です。


英語よりも学習言語が大切


使用言語が日本語であれ、英語であれ、学校で必要な言語はそういう学習言語です。学習言語の習得に困難が生じると、国語だけでなく全ての教科、勉強全般に支障をきたしてしまう。いくつの言語を学ばせるか、ということよりも、学習言語をいかに定着させるかということが先決ではないか、というのが先生の考えのようでした。

「バイリンガルと言われている人でも完全に同等に2つの言語を使える人はそんなにいないのです。特に英語の場合、インド・ヨーロッパ言語であれば、負担は少ないので2ヶ国語以上も可能かもしれない。でもたとえば、英語と日本語やアラビア語を同時に習得するというのは負担が全然違うのです。ハードルは高いと思います。」

私もうなずくしかありませんでした。子どもはスポンジのように言葉を吸収できるとか、低年齢であるほど言語習得は容易とか、そういう言説は生活言語の範疇の話だろうと思います。


小学生の英語教育は難しい?


平日は英語が使用言語の学校に通いながら、土曜に日本語補習校に通う、という我が家のやり方はまさに、学習言語の習得を2言語同時にやろうとしているわけですが、それはものすごい負担である、ということは否定できません。実感があります。

どちらかの言語(もしくは両方)が学校の授業レベルについていけない、成績が低迷する可能性はあります(もちろん、両方完璧にこなせる子もいますし、長い時間をかければついていけるようになる子はむしろ多いかもしれませんが)。

今までは私も、英語で授業についていけているのか、補習校のテストの点数は?といったことばかりに目がいっていましたが、もっと学習言語という大きなくくりで捉えることが必要かもしれません。

抽象的な語彙や読解力、文法的に破綻のない文、論理的な説明などなど、学習言語の習得がどのように進んでいるか、という観点で子どもが話す言葉、書く言葉を見直すべきでは、と反省しました。

学習言語の習得は、幼児が生活言語習得してからさらに5年程度の時間が必要と考えられているそうです。どの言語でも、小学校の国語はまさに学習言語の習得に当てているというわけです。

ならば、小学生のうちは1ヶ国語だけに専念するのが正解か、というとやはりそれも絶対正解、でもない気がします。10歳くらいまでの子どもだから発揮できる能力も軽視できまないと思うのです。難しいですね。


娘が学校で書いた詩。
よく書けている子が英語第1言語かというとそうでもなく、かなり個人差を感じます。

学習言語の習得という捉え方は私にとって新しい見方を与えてくれました。またいろいろな経験を整理して考えていきたいと思います。


野口由美子

2018年11月8日木曜日

学校の個人面談、先生から最初に聞かれたこと

学校の先生と親の個人面談。どんなことを話しますか。

ちょうど私は子どもたちの個人面談が終わってほっとしているところです。毎年、子どもたちの学校では9月の新年度開始から数週間で先生がクラスの子どもを評価し(前年までの評価とは別に先生自身が評価し直すというのが重要なようです)、それを元に先生と親で個人面談をします。基本的に勉強の話が中心。国語(英語)と算数の現状と目標について先生が話します。

時間は15分程度なのですが、両親揃って出席する家庭も意外と多く、熱心な親が多い印象があります。子どもが大きくなってくると、親が先生と直接話す機会は少なくなってくるものですが、親だって子どもの担任がどんな先生か知っておきたいし、先生も私たち親と面識を持つのは意味があることだろう、と我が家も最近はできるだけ両親揃って出ることにしています。

やはり子どもが大きくなってくると、親も先生にシビアな現実を突きつけられることもありますね。

我が家の息子10歳、いわゆるギャングエイジ真っ只中。同年代の子達の中では幼い息子も、純粋で素直な子、というわけでもなく、真面目な性格だけで評価してもらえる時代は過ぎ去ったようです。


今年の個人面談、先生から親への意外な質問


また厳しい指摘を受けるのでは、と緊張しながら今年の面談に臨みましたが、今回先生からの第一声。

「まず、最初にお聞きしますが‥‥。」

家庭での子どもの学習態度を聞くのかな、今年も厳しい話になりそう、と覚悟しながら私は先生が何を言うのか待ちました。

「〇〇(息子の名前)は学校に行くのが好きですか。」

今までこんな質問を最初にする先生はいなかった!私は内心戸惑っていました。

「ああ、もうそれは楽しいって言っています。いい友だちもいますし。学校で何が楽しかったか聞くと、休み時間と答えますが。」

「いいんです!学校に来ることがハッピーでないと。勉強面にも大きく影響しますから。〇〇はクラスの中でも本当にいい子ですよ。」


普通の面談パターンと違う…


面談時間が短いので、どの先生も大切な話からしてくれますが、大抵の場合は、

まず、ひたすら子どもを褒める
(いつも笑顔だ、とか、クラスで真面目にやっている、とか、うちの子たちの場合はそんな感じ)

本題の国語(英語)の評価と目標
(現状できていることと、これからできるようになってほしいこと)

算数の評価と目標

クラスでの授業態度や社会性の評価

質問

最後の社会性の話のついでに、子どもさんは学校楽しんでますか?と少し聞かれることはあるものですが、最重要事項として最初に聞いてくる先生は初めてでした。


後になってわかった先生の考え


しばらくして、息子は学校の集会で賞状をもらってきました(Certificateと呼ばれていますが、どの子も年に1度くらいはもらえるようなもので、みんなの前で褒められる機会となっています)。

賞状はこんなことが書いてありました。

For being a lovely member of 6CT.







普通は算数をがんばったとか、本をよく読んだとか、些細でも何か達成できたことが書かれているものです。何の成果に対する賞状なのか判然としない内容に首を傾げたくなりましたが、本人はまんざらでもないようで妹に見せびらかしていました。

これを見て先生が何を考えているのか私にもわかったような気がしました。先生は、学校が楽しいから、勉強にも積極的になれる、自分に自信が持てる、という循環が息子の中にできてほしいと考えているようです。

先生は、息子がクラスでちょっと萎縮気味、積極性に欠けるところを見抜いていたのだと思います(先生は面談では全くそういう話をしませんでしたが、授業参観があったので私も気づいていました)。

そしてこの先生の采配はうまくいっているようで、最近息子がかつてより頻繁に

「学校楽しい。」

と学校のことを話すようになりました。内容も休み時間のことだけではなく、

「英語の時間に新聞記事を書いてみたよ。疲れたー。ママも見てみて。」

「算数の授業で補習校と違うやり方を習ったんだけれど、ママ知っている?」

「今日はICTでGoogle Driveを使ってみたら、便利だった。ママも使ってる?」

学校の授業の話が格段に増えました。興味や関心もようやく広がってきて、自分なりに感じたこと、考えたことを言ってみたいようです。昔からずっと「学校楽しい」とよく言ってはいたものの、勉強に「楽しさ」を見出しているとは言い切れない様子だった息子。ついに、彼なりに勉強が楽しくなってきたのかもしれません(私なりのかなり前向きな評価ではありますが)。

この調子で小学校最後の年も実りあるものにしてほしいです。

勉強は楽しく!


野口由美子

2018年11月1日木曜日

ハロウィンは、意味がないのがいい?

ハロウィン、日本でもだいぶ定着してきたイベントのようですが、私が今住むオランダではハロウィンの習慣がありません。前に住んでいたイギリスではハロウィンがあったので家族でさびしく思っていたところ、アムステルダム南の一部エリアでハロウィンのイベントをやっていることを知りました。


ここだけかも?ハロウィンが定着した場所


その地域に住んでいるアメリカ人家族が中心に、ボランティアだけで組織されているイベントで、事前に参加費を払って登録した人が指定されたホストの家を回ってキャンディをもらう、という仕組みになっています(あまりにも人出が多く、登録制度自体を知らない人も参加していると思いますが、それも黙認されているみたいです)。もう20年以上も続いているそうです。


お菓子を配るホストも仮装や家の飾りに力が入っています


私の子どもたちも参加するようになって4年目ですが、すっかりそのエリアでは定着している感じがします。

今年はハロウィン当日、ちょうど息子は歯医者さん(その歯科医院はちょうどイベントエリアの近くにあります)の検診に行き、

「今日はハロウィンよね?もう衣装の準備はできているの?たくさんお菓子もらえるといいわね。」

と先生に声をかけられていました。お菓子をたくさん集めるイベントなんて、子供の歯には絶対いい影響ないと思いますが、歯医者さんお墨付き(?)。先生によると、

「年に1回くらい、いいんじゃない?」

ということでした(オランダでは、これからクリスマスにかけて子どもがお菓子をもらうイベントが目白押しで、実は年1回のことでは済みません。幸せな子どもたち!かもしれません)。


意味や由来を考えないのがいいところ


このイベントエリアを一歩出ると仮装している人に出会うことはなく、本当にその場所だけのハロウィンです。イベント自体を知らない人ももちろんたくさんいて、この時期私はいろいろな人にこのハロウィンの話をするのですが、

「オランダでももっとハロウィンが流行ればいいのに!」

と肯定的な意見が多いです。一番大きな理由は

「宗教行事でないイベントの方が、みんなが楽しめるから。」

ということみたいです。本来の宗教的意義とか由来とか、そういう伝統を重んじるイベントには宗教的理由で参加できない人がいることを残念に思う、ある意味オランダらしい考え方かもしれません。そんな寛容な気持ちで楽しんでいるのか、年々規模が大きくなり、ハロウィンを懐かしむ外国人中心というより、地元のオランダ人の参加が増えているのを感じます。


大人も楽しんでますね。私も仮装した方がよかったかも



ホストの家は100件近くあるようです


近所から苦情が来てもおかしくないくらいの大騒ぎで、車が侵入できなくなるほど人でごった返すのですが、それだけ大きなイベントを組織するボランティアの力量や近隣住民の理解も、ゴミのポイ捨てといった迷惑行為はしないといった参加者の配慮も必要で、すべてが揃っているから続いているハロウィンだと思いました。

今年もたくさんのお菓子をもらって喜ぶ子どもたち。ハロウィンは、みんなが楽しめるイベントとして大切にしたいです。


野口由美子

2018年10月18日木曜日

日本の子どもたちって、ばかにされているんじゃない?

今まで特に意識したこともなかったのですが、最近日本では子ども向けのニュース番組ってほとんど放送されていないようです。

子どもでもわかる内容のニュース番組、というとEテレの「こども手話ウィークリー」くらいしかないみたいです。手話が使われゆっくり話すので、耳の聞こえない人も、日本語が堪能でない外国人も、難しい漢字が読めない子どもも、と対象範囲が広い番組になっています。

少子高齢化で子どもだけをターゲットにするのは難しくなってきているだろうし、時事問題なんて子どもから敬遠されやすいだろうし、これも仕方ないことかな、くらいに思っていたのですが、実はすごくもったいないことだと思うようになりました。


子どもはニュースを知りたい


最近、毎日のように息子が

「ママ、ニュース観ていい?」

と言います。息子が特別「意識高い」わけではありません。ニュース番組が面白いのだそうです。子どもだって、大人と同じように(もしくはそれ以上に)社会で起きていることに興味を持っていて、すごく好奇心があることに気づかされました。


どんな子ども向けニュース番組がある?


子どもの日常生活にもつながるようなトピックを、子どもにもわかるように、タイムリーに見せてくれるテレビ番組、日本の外ではちゃんと放送されています。
息子が気に入って観ているのは、

イギリスBBCの「Newsround」




という子ども向けのニュース番組です。学校で観たのがきっかけで息子は観るようになりました。イギリスでは毎日朝と夕方に放送されていますが、番組はネット上でも公開されています。番組時間は5分と10分のバージョンがあるようで、1つのニュースは数分にまとめられています。対象年齢は、小学生(6歳から12歳くらいまで)だそうです。

オランダはどうだろう、と思ったのですが、やはり子ども向けニュース番組をやっています。NOSというオランダの公共放送局が、平日夜7時から20分間「NOS子どもジャーナル(Jeugdjournaal)」という番組を放送しています。




この番組は、Newsroundよりもむしろ気合が入っているくらいで、NHKの7時のニュースが子どもを意識したらこんな感じになるのかな、といった印象を受けました。


日本の子ども向けニュースは?



やはり子どもには日本のことにも興味を持ってもらいたいので(本人も知りたいようなので、このチャンスを逃すわけにはいきませんね)、テレビ番組だけでなく、新聞、ニュースサイトなど、日本発信のものをいろいろ探しているのですが、今のところ、息子が一番気に入っているのは、

毎日新聞社 「月刊ニュースがわかる

という雑誌でした。一応電子版があるので、海外からも利用しやすいというところもポイントになりました。

月刊なので、全くタイムリーではなくなってしまうのですが、その代わりによくまとまっていると思います。ほかにも、朝日新聞出版「月刊ジュニアエラ」という雑誌もあります。コンセプトも対象年齢も似ていますが、ページのレイアウトや記事の書きぶりは違うので好みが分かれるのかもしれません。(特に物語を読むのがあまり好きでない子は、こういう時事ネタを扱った読み物は興味を持って読めるのではないかと、おすすめしたいです。)

今回日本のものをいろいろ探していて、強い違和感を感じる部分もありました。子ども向けの新聞も雑誌も「中学受験対策に」ということをやたら宣伝文句にしているのです。受験に役立たないと読まれないのでしょうか、よくわかりませんでした。

日本の子どもだって、世の中で起きていることを知りたいと思っているし、社会の問題を自分の身の回りに引きつけて感じたり考えることだってできる、と言いたいのですが、どうでしょうか。(私自身も最近まであまり意識していなかったので、反省しているのですが、、)日本の子どもたちがかわいそうな気さえしています。


野口由美子